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君と私でよかった。――後





 物語は続きから、お読み下さい。
 また、最後尾に一言コメントを書いております、よければどうぞ。










 そうして――
 どれほどの月日が経過したのかは忘れたけれど。
「――第一艦隊、第一水雷戦隊! 帰港したのです!」
 其の日は、電と二人だけで遠征に行っていた日だった。
「Я дома(ただいま)」
「おかえり、電、響。今日も無事に帰ってきてくれて、良かったよ」
 猫かぶり司令官の出迎えの言葉。いつもなら司令室で待っている筈の彼が、何故か港の方で待機していて。
 電は不思議そうな顔もせずに敬礼を返しているが、響はその様子が、どこか不安げに感じられた。
 いや、これはむしろ上の空、というべきなのか。どうにも、意識が電と響を向いていないような――
「ドッグの準備は出来ているよ、順番に入っておいで」
「ありがとうなのです!」
 しかし、其れについて追求する前に、彼の指示が出る。即座に従って動き出す旗艦の電のお陰で、どうにも追求する空気ではなくなった。
 仕方なく、電の後ろに続いて歩き出す――後ろ髪を引かれる思いで、一瞬だけ振り返るけれど、既に彼もどこかへと歩きだしていた後だった。
「響ちゃん、どうかしたのです?」
「いや、何でもないよ」
 電からの声に軽くだけ答えて、意識を切り替え――
「――ワゥ!」
 不意に聞こえた鳴き声。先頭の電が足を止めて、きょろきょろと辺りを見回す。そうして、正面から駆け寄ってくる影――
「あ、よたかちゃん!」
 黒い、大きな影――響が初めて提督とデートした時にペットショップから連れ帰ってきた一匹のシベリアンハスキー。
 とても可愛らしかった外見も、半年もしない間に格好よさに変わって――それでも、好奇心旺盛な様子が生み出す愛らしさと相まって、今では鎮守府の人気者になっていた。
 連れ帰ってきた日の名付け論争は、今でも思い出したくない程に白熱していた――結果として、「夜鷹」の名前で落ち着くまでは本当に丸一日近く掛かった物だった。
「やぁ夜鷹、今日も元気にタクシーやってるね」
「ワウ!」
 楽しげに鳴くその背中には、何人もの妖精さん達が乗っていた。体毛にしがみついて楽しそうに笑っている。
 妖精さん達の移動手段として、また鎮守府内の書簡や簡単な荷の輸送手段として、とても有用な仕事をしてくれていた。
「それじゃ、お仕事頑張って、なのです!」
「ワン!」
 一声鳴いて、そのまま走り出していく夜鷹と妖精さん達を見送って――
「――あ、そういえば思い出したのです」
「ん、何のことだい?」
 何の脈絡もなく、不意に電が呟いた言葉。
「そろそろ司令官の着任から、一年くらいなのです」
 ――あ。
 言われるまで忘れていた――そういえば、明日は。
 初めて彼と出会った日――初めて、二人で過ごした日だったと。




「――やっぱり君は人気者だね」
「ん、どーした?」
 出会った夜のように蒸し暑い夜。
 あの日と変わらずウォッカを飲みながら零した言葉に、隣で佇む提督が、膝の上の夜鷹不思議そうに聞いてくる。
 あの頃よりは縮まった彼我の距離――響が腰掛けていた岩に、彼もまた座るようになってから、どれ位の時が経過したのか、最早響には思い出せなかった。この会合に夜鷹が混ざるようになったのも。
「君が鎮守府に着任してから、そろそろ一年位経過するだろ?」
「あぁ……明後日だった気がするな」
「電が張り切っていたよ、お祝いするのです! ってさ。隼鷹さんが君の好きなビールも準備してたよ、雷から教えてもらったってさ」
「……なんでばれたのか、マジで知りたい」
 皆の前では好きな酒よりも高級そうな、威厳があるように見せる酒を飲む彼の一言に、響はやれやれと肩を竦めた。
「雷の前に隠し事なんか出来るわけないだろう。ただ、男性の秘蔵本は見つけられなかったと悔しがっていたよ」
「そもそも持ってねぇからな。万一が怖すぎて持ち込める訳ねぇだろ」
「懸命だね」
「ワフゥ……」
 司令官の膝上で寝そべっている夜鷹をかわいがる作業に参戦しながら、静かに頷いておく。
 雷なら何処に隠そうが見つけ出して、司令官の机の上に堂々と置いておく未来が見える。
 本人に、かなりそういった物への耐性、というか理解が存在する分、彼からしたら性質が悪い相手か。
「……しっかし、こいつもホント人気者になったよな」
「あぁ、夜鷹かい?」
「ワフワフゥ」
 ゴロン、とお腹を見せて撫でろと催促してくる相手を見下ろしながら言う――二人して自然とお腹に手が伸びているけれど。
 このシベリアンハスキーは、ある意味で艦娘達の生活にするりと入り込んでいる。妖精さんタクシーとしての実用的な面だけではなく、響と彼の密会にいつの間にか入り込んでいる事もそうだし、夜戦馬鹿の抱き枕にされてたり、航空戦艦達が瑞雲を飛ばしてい

たらそこに駆け寄っていって瑞雲と併走したり、遠征帰りの艦娘達の出迎え――時には人数分の缶ジュースを抱えていたり――など。時々提督や艦娘の言葉を理解している時もあるし、本当に面白い犬だ。
「はっきりと言えば、かなり鎮守府の支えになってくれてるね。君よりも人気あるだろうさ」
「だろうなー、俺も知らないうちに机の上に噛み跡ついた誰かからの手紙あったりするし」
「わふぅー」
 とてもとても満足そうに笑っている夜鷹は、そんなことどうでも良いから撫でろ、と言わんばかりではあったが。
 もっともっと、と催促してくる夜鷹をどうしようもなくかわいく思いながら、響は彼と共に、夜鷹を撫で回す作業に没頭することにした。


 小一時間後。
「――前に話したこと、覚えてるか?」
 満足したらしい夜鷹が改めて草むらで眠りについた頃、思い出したように提督が聞いてくる――いや、これはむしろ、タイミングを図っていた時の声。夜鷹が寝るのを待っていたというか――昼間に出会った頃から悩んでいた内容なのかもしれない。
 ――前にした話、か。
 何を、とは言わない。つまりは、響に関わる、其れも決定権は此方にある話。
 かなり長い間、一緒に過ごしてきて、その位まではお互いに何も言わずとも理解し合えるようになっていた。
 其の上で、彼がわざわざ中身を言いたがらないような内容――
「――改装かい?」
「……あぁ」
 ウイスキーを煽る彼から、淡々としたそんな返事が返って来る。

 Верный――響の次なる改装、改二となるに伴い、変化するモノの名前。
 暁のように探照灯を装備して、暁改二、とあくまでも暁の名前は変わらないのが普通の改装――
 されど、響はその普通からは外れる、特殊な一例。
 かつての歴史――艦として存在した頃の記憶。
 其の中で呼ばれていた名前――Верныйという名の艦娘への変化。
 間違いなく能力は強化され、戦力としても強くはなる――『響』の名前と引き替えに。
 其れを理解した響が、自分が新たなる改装を出来ることになったと司令官に告げたのは、一月以上は昔の話。
 それも、今日と同じような夜――ウォッカの力を借りなければ出来なかった。
 新たな改装が出来るよと告げたときは、我が事のように喜んでくれて。
 気乗りしないんだ、と正直に告げた時は――
「そっか。まぁ、お前が嫌なら改装する気はねぇよ」
 それ以来、一切話題にもしなかった。

「あれ以来話題にもしてなかったから、お前が改装を嫌がる理由、聞いてなかった。いや、嫌なら良いんだが……興味本位な部分がつえぇし」
 改めて問いかけられた言葉に、軽く肩を竦めた。
「――全く、甘いね君は。無理やり改装を命じても良いだろうに」
 小さいとはいえ、一艦隊の指揮を任された司令官だ。
 戦力不足と言う名目で、響を強制的に改装させる事も出来ただろう――むしろ、そうすべきだっただろう。
 ここ最近、深海棲艦の動きが活発化しており、何度か敵の艦載機らしき存在が近海で確認されている。
 今の所は静かな物だが、いつ大規模襲撃が起きてもおかしくない――此方から打って出る可能性だってある。
 少しでも戦力が必要な状況で、一月以上も前に改装可能になっている艦娘を改装しないまま置いておくなど愚の骨頂とも呼ぶべき行為――
「お前が嫌な事を無理にさせる気はねぇよ。そこは変わってねぇ」
 一月以上前と変わらない、彼の返答。
 予想通りの、強がりでもない、本心から言ったのだろう其の言葉に、響は静かに笑っていた。
「君は本当に甘すぎるね――それに甘えている私も、甘ったれなのかも知れないけれど」
 答え、静かに息を吐く。
 だから――甘えてばかりでは、居られないから。


「――『響』から『Верный』になったら、暁や雷、電はどう思うかな」
 数分ほど置いた後。響は静かに、言葉を紡いだ。
 第六駆逐隊の皆――とても大切な姉妹達を思いながら、響は静かに呟いた。
 生前――船として生きていた頃の記憶。
 大戦の最後まで生き延びて、賠償艦として別の国へと引き渡された過去――
 あの頃の暁や雷、電が知ることの無い歴史。最後まで『生き残ってしまった』艦。
「あの子達にとって、私は、第六駆の響なんだ」
 こうして、新しく生まれた――生まれ変わった命。
 彼女達ともう一度出会えて、新たな命として過ごしていられる奇跡のような日々。
 でも、それは『響』としての彼女が、彼女達と共に生きていたから。
 第六駆逐隊の『響』だから、彼女達と共に居られた響だから、こんな幸せな毎日を過ごしていられる。
 けれど。
『響』ではなく、『Верный』として。彼女達が知らない艦の娘として、彼女達と共に戦う事になった時。響が『響』でなくなった時――彼女達は、今のまま、接してくれるのか。
「皆なら、きっと優しく接してくれると思う――思うんだ。それでも、怖いんだ」
 ぎゅっと、自分で自分を抱き締める。
 体が冷たく、寒くなる。夏なのに、とても、暑いはずなのに。
「私は、皆と違う――最後は、第六駆逐隊じゃないんだ。皆と過ごした、響じゃないんだ」
 手足が凍てつくように寒い。本心をそのまま吐き出す――思っている事を話しているだけなのに。
「君は、どう思う? 『響』じゃなくなった私を、それでも私として見てくれるかい?」
 ――怖い。
 笑いながら、心で震える。考える――思考する――吐き出した言葉。本心を。
 ウォッカを飲むことすら、未だに彼女達には言えずにいるのに。
 改装して、名前すらも変わってしまう。容姿だって、今とは違うものになるかもしれないなんて。
 改装することを受け入れたら、彼女達とは違うんだ、と、認めてしまうことになりそうで。
 第六駆逐隊、この国の艦ではなくなって、そのせいで皆が離れてしまったら。
 頼りないけど、長女として頑張ってる暁や、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる雷や、困った時に支えてくれた電が――居なくなったら。
 あの頃のように、異国で一人になってしまった時みたいに、誰にも頼れなくなったら。
 其れに。
 誰より、何より――

 ――君も、私を、置いていってしまったら――

 心の震えに合わせるように、体までもが震えだす。
 ぎゅっと抱いた、膝と膝の間に顔を埋めて、息を吐く。
 いつから、こんなに弱くなったのだろう。
 生まれ変わった時からだったか、姉妹達と出会ってからか――君と――
「――そうだな」
 耳朶を打つ声に、沈めていた顔を持ち上げる。
 そっと隣を見上げる――彼は、夜空を眺めたまま、零すように話し始めた。
「まぁ、お前はお前だろ。響だろうと、Верныйだろうと、俺にとっては一緒に二人で酒を飲む間柄だ」
「……其れは、改装してもしなくても変わらないといいたいのかい?」
 ――自分で決めろ、という事か?
 彼の言い方に、少し他人事のような響きを感じて、心が少し痛くなる。
 其れじゃ、覚悟しきれないから、彼に本心を話しているのに――

「ただ」
 空気に声を置くように放たれた彼の前置き。
 彼が、見上げていた視線を響の方へと戻しながら――
「俺は、お前の事が知りたい。新しい名前になったとしても、色んなお前を見てみたい」
 ほんのちょっとだけ笑って、彼はそんな答えをくれた。
 其れは、女性に向けて言うには不適切な言葉なのかもしれない。
 聞く人によっては、その言葉は、告白と全く同じにしか聞こえない。
 沈んでいる女性の弱みに付け込むような奴、そう思われても仕方のないことかもしれない。
 それでも――それでも。
「――そうかい」
 顔が赤く、心が楽しく弾む。響もまた、彼に向けてはにかむ様に笑って見せた。
 其れは、後ろ向きにしか考えられなかった響とは違う、変化を前向きに――新しい姿を見られると、前向きに捉える答えだったから。
 彼は楽しげに笑ったまま、空へと視線を戻した。一つ咳払いをした上で、
「其れに、あいつらならきっと笑って受け入れるさ――名前が変わっても、響ちゃんって呼ばれてる光景しか見えないしな」
 そんな風に、もう一つの懸念事項にも解答をくれる――響も想像していた、大丈夫だと笑っていられる未来の光景。
 吐露した心情、大きな二つの悩み事――その両方に後押しを貰って。
「はは、確かに――そうだね。そうだ。大丈夫、だ」
 自分の中にあった、わだかまりや不安とか、何もかもを飲み込んで。
 心から、そう思えた――
 大丈夫、と。
「あぁ。其れに、丁度いいじゃねぇか。改装してから飲みたくなった、ってやれば堂々とウォッカも飲めるぜ」
「そうだな。君も麦酒好きがばれた事だし、晩酌にも堂々と付き合える」
「其れを言うな……」
 情けない声で呟いて、彼が若干肩を落とす。
 そんな彼にそっと寄り添って――その肩に、頭を載せて。
「――Спасибо。君が居てくれて、よかった」
 耳元――というには遠いけれど、彼にだけ聞こえるように囁いて。
「――そうか」
 さっきの自分の言葉と似たような言葉を、彼もまた返してくれた。





 翌朝。
「――良いんだね、響ちゃん?」
「あぁ。よろしく頼むよ、明石さん、夕張さん」
 鎮守府から少し離れた場所にある、特製の小屋――工作艦明石と、兵装実験軽巡夕張の二人が改造した工廠。
 其の一番奥に備え付けられた寝床に横になりながら、視界に映る二人の艦娘にそう答えた。
 慣れ親しんだ艦装は近くの作業台の上で、二人の手によって生まれ変わる時を待っている。とはいえ――
 ――流石に、困惑させたかな。
 改装可能になっても尚、かなりの間工廠まで来ていなかった。
 彼女達としても、準備もしていないだろうから、少し迷惑かけたかも――
「まぁ、響ちゃんが良いなら、私達は思いっきり改造するだけよ!」
「最高の改装するから、待っててね!」
 ――まぁそんな甘い二人じゃなかったね。
 即座に目を輝かせてスパナと工具を手にする艦娘達の、爽やかすぎる笑顔。
 予定になかった突然の仕事だろうに、それ以上に改装できる歓喜に満ちていそうだ。
 苦笑しながら、小さく頷く。
「――よろしく頼むよ、二人とも」
「勿論! それじゃ、暫く眠っててね! すぐ終わらせるから!」
「外の装備だー、全力でやるわよー!」
 吼え叫ぶ二人の姿に頼もしさと得体の知れない恐怖を感じながら、呼吸を整えて、静かに目を瞑る。
 ――今までありがとう、『響』。
 自分自身の名前を心の底で呟いて、たった一人で別れを告げる。
 新しく生まれ変わる為に――今まで、自分自身であった名前への、追悼の言葉。
 ――司令官。また、後で。
 そうして――生まれ変わった姿を見て、どんな感想をくれるのか、楽しみに思いながら。
 響だった少女は、そっと意識を手放した。


 彼女は、知らなかった。
 彼もまた、知らなかった。
 楽しみにしている――必ず又出会える未来がやってくる、そんな保障など、何処にもないという事を。




「――御疲れさま、響ちゃん。それとも、ヴェルちゃん、の方がいいかな?」
 ――本当にこの人達どういう腕をしているのか。
 寝台で眠っていたのは一時間も掛かっていないと思う。
 その間に帽子――これは換装用に準備してあったにしても――を含めた装備の換装全てを完了させてしまうのだから。
 真横に置かれていた姿見を見る。思ったより容姿は変わっていない。白銀の髪は色も長さもそこまで変わっていない。
 ただ、光の加減かもしれないが、瞳の透明度が増している気がする。
 ――そういえば暁も、改二で変わってたな。
 竜胆色から水色へと瞳の色が変わった姉に比べると微々たる変化だが。
 自分の変化した瞳は、まるであの国の人々の瞳のようだ。
 ――まぁ元々、姉妹全員似てないけれど。
 髪の色も目の色も、姉妹揃ってバラバラだ。似ていると言われる雷と電ですら、よくよく見ると違う。
 髪の色も髪質も変わって、目の色も別人のものになってしまった訳ではない。これなら出会い頭に「誰ですか」と聞かれる心配はしなくて良いだろう。
 ――あとは、少し成長したのかな。
 胸は育ってない――あぁ、育ってない――が、僅かだが幼さが抜けた気がする。自分で言うのも少々違う気がするし、気のせいかもしれない小さな変化。
 それでも、この変化は改装を前向きに受け止める気になれた変化だった――いつまでも子供のまま、内側にこもったままでは居られない、と。
 ――君は、なんて言うかな。
 心の中で静かに笑う。彼の反応を楽しみに思いながら、
「――悪くないね。Спасибо」
 そうして、少女はそっと笑った――
 刹那。

 ――ドォォッ!!
 轟音――地鳴り。
 天地を揺らし、世界を歪めるような――爆発したような音。
「きゃぁっ!?」
「何、何?!」
 スパナを持ったままきょろきょろと辺りを見回す明石と夕張。妖精さん達も慌てたように物陰に隠れる。
 けれど、其の中で一人――嫌な予感がした。
 傷を負う直前のような危機感ではなく、まるで姉妹や仲間を失った時のような。
 暗い海の中、一人でいるような。
 それから逃げるように、駆け出していた。
「ヴェルちゃん!」
 ドアを開け、太陽の光から逃げるように地面を見たまま走る。
 音の位置――自分達の鎮守府の辺りから聞こえてきた。心臓が跳ねる――痛みと、不安と、怖さが身体を駆け巡る。
 カラン。
 軽い音、何かを蹴った。構わず走った。
 ガラン。
 何かが崩れる音が立て続けに聞こえた。いつもならある建物の影はなく。
 辺りに散らばる瓦礫を前に、彼女は声を失っていた。
 目の前に広がっていた、今朝まで彼女が過ごしていた鎮守府――の、残骸。
 赤煉瓦で作られていた壁が、鎮守府の中心――執務室が有った場所――を中心に崩れ落ちて、瓦礫の山と化していた。
 特に――執務室の、其の場所には、火の気と煙すら上がっていて、なのに、悲鳴が聞こえてこない。
 ――違う、違う違う!
 きっともう避難したのだ。そうに決まっている。何が起きたかも分からないのに、必死にそう言い聞かせていた。
「誰、か、いないのかい」
 なのに、声は誰かを探していた。
 返事はない。艦載機が飛ぶ音が聞こえるのに、誰もいない。
「暁? 雷? 電? ねぇ、皆……!」
 誰かいないのか、誰もいないのか。
 いや、いない方が良いんだ。そうだ、皆買い物か任務に出てるんだ。そうであってくれ。
 ふらふらと、進む――そうして、見つけた。見つけてしまった。
 支えるものを失った大黒柱、まるで、墓標みたいに立っていた其れ――
 そのすぐ傍の瓦礫、枝みたいな物と一緒に転がる、軍帽。
 司令官は、今日非番ではない。非番でない以上、出かける場合は、軍帽を被ってないといけない。
 なら、此処に軍帽があるということは。
「司令官……?」
 彼だけは、此処にいないとおかしくて。
 そもそも今日は、新しい海域攻略を行う予定だったから、絶対に此処で指示を出さないといけなかったはずで。
 なのに、彼の姿は、どこにもない――彼の声も、聞こえないのに。
 彼だけは、此処に、居て――此処に――
 ――ガレキ、の――

「――司令官ッ! どこだ、司令官!」
 叫ぶ。必死に、叫ぶ。
 此処には居ないかもしれない――もうとっくに脱出して、軍帽だけ落としたのかもしれない。そうだったら良い。
 でも、そうじゃなかったら――彼がまだ、此処に居たら――
 目の前の瓦礫の山に駆け上って、一番上の屋根だったものに手をかける。
 素手で掴んで、動かして、思い切り倒して。掴む――裂ける、血が滲む、痛い――知らない。
「――司令官! 答えろ、答えろ!」
 そんな事、どうだっていい。
 彼を呼ぶ、吠える、叫ぶ。掴む、退ける、倒す、叫ぶ。
「お願い! お願い、だか、ら!」
 悴むように手が痛む。昔の、遠い地の夜みたいに、冷たく、寒く、痛い。
 あの場所で、ずっと一人だった。
 誰もいない、たった一人だけの世界だった。
 そしてこの場所で、また――
 ――誰もいなく、なって――

「――私を置いて逝くなぁ!!」

 言えなかった、願うことすら許されなかった想い。
 そんな物を味わいたくて、この姿を望んだ訳じゃない。
 そんな結果を見せたくて、変わる事を望んだんじゃない。
 君が笑ってくれるから、見たいと言ってくれたから。
 ――どんな私だって、知りたいと言ってくれたから、私は、私になったんだ。
 手の先が赤くなって、瓦礫が滑って――どけて、どけて。つかんで、くずして――
 ――カラン。
 何か、転がる音がした。
 カチャ、カチャ。
 ――違う。
 ガラス片の音、足元――違う、散らばっている其れが踏まれる音とは違う。
 まるで、何かに叩きつけるような音。
 何処か規則正しく、小さな隙間越しに聞こえる、小さくて、けれど確かな、鼓動。
 聞こえてきた方向に駆け出して、そっと耳を澄ます――カチャン。
 瓦礫を掴んで――掌から血が溢れて――後ろへ投げる。
 血に染まった掌で、必死に音の方を掘り出して――
「――……ひび、き」
 聞こえてきた声。瓦礫の奥――かつて、執務室が有った場所。
 崩れ落ちた瓦礫の間から聞こえたその音――駆け寄って、壁だった物を、掴む。
 体重よりも重たい其れを、必死に掴んで、真後ろに倒して――

「――悪ぃ。持ってこうとしたんだけど、割っちまったわ……――」

 天井に、下半身を挟まれながら。
 全身を傷だらけにしながら――それでも意識を保っている、彼が居た。
 挟まって、血だらけで、痛い筈なのに、それでも、生きていてくれた。
 右手に持った、砕け散った瓶の欠片――いつか、彼にお願いしたウォッカの其れ。
 申し訳なさそうに言う彼に、かっと、頭の中が熱くなった。
「良い、構わない! 君の命の方が大事だ!」
 叫んで、駆け寄る。天井をずらして、彼の体を瓦礫の中から、無理やりに引き摺り上げて仰向けにさせた。
「汚れる、ぞ?」
「別に良い!」
 新しい衣服が紅く汚れる、構わず傷と砂にまみれた彼の顔を拭う。
 全身、色んな所から流血していて、綺麗だった制服も赤黒い色に変わってしまって――けれど、まだ心臓は動いていてくれた。
 ほんの少しだけ淡い色に変わった瞳が、開かれた彼の眼を見つめて――彼が、微笑った。
「良く、似合ってる――」
 笑って、くれた。
 いつもみたいに、笑ってくれた。
 全部壊れた、壊された場所で――
 生きていてくれた。
 ――私を、置いて、逝かなかった――
 瞳が熱くなって、頬を何かが落ちて――涙が、溢れ出た。
 湖畔の水が溢れるように、止め処なく涙が溢れ返った
 血を流しながらも確かな呼吸を続ける、心音を刻む彼を、その身体を抱き締めていた。
「無事、で、よか、った」
 何もかも崩壊した場所で。それでも、生きてくれていた事が、何よりも嬉しくて。
 気の利いた言葉も言えず、優しい言葉も掛けられず――ただ、ただ、抱き締めた。
「あぁ。ありがと、な」
 そっと、背中から抱き締められる。
 そうして、涙が止まるまで。ずっと、ずっと、抱きしめていてくれた。




「――よう」
 其れは、誰もいない筈の空間。誰もが闇の安らぎに身を置く時間。
 白銀の輝きが空を、地上を照らす時。
 白亜の部屋で身体を休めている筈の、彼の声。
「――やぁ」
 漆黒を裂く月光の下、古ぼけたベンチに座り込んでいた少女は。
 聞こえないはずの、いつも通りの声を聞いて。
 いつも通りの、答えを返した。
「――なんだろうな、外にお前が居る気がしてな」
「――待ってたら、来るんじゃないか、って思ってたよ」
 少し痩せた、真っ白い患者用の服を着る彼に静かに笑って、隣をポン、と軽く叩く。
 人間用の病院――彼が入院している――の近くにあった公園。人影一つ見えない、静寂に満ちた場所。
 分かりきったように隣に座った彼に、ウォッカを一本差し出しながら、言葉を切り出した。
「傷は大丈夫かい?」
 あの時、何が起きたのか――彼女が其れを知ったのは、出撃していた第六駆の皆から教えられてのことだった。
 深海棲艦、その戦艦二隻と空母二隻が鎮守府近海に出現した事。
 偶然、主力艦隊は殆ど全て海域攻略に出していたこと。
 入渠していた艦と、非番だった艦と哨戒班だけで対処して――最期に放たれた艦載機が、全て鎮守府に特攻を仕掛けていった事。
 本当に、良く生きていてくれたと思う――永遠の別れになってしまっていても、全くおかしくなかった事だから。
「あぁ、問題ねぇよ。天井に潰された、っつっても骨まではいってなかったし、救助が早かったからな。正直、俺より鎮守府の方が不安だ……大丈夫なのか?」
「絶賛再建中さ。君も明日には退院できるんだろう? 明日から気にすれば良いさ」
「ま、間違いなく退院できるだろ。これでもう二三日寝てろ、なんて言われたら退屈過ぎて脱走するわ」
「そうか。なら、もし退院日が伸びたら、伸びた日数分ウォッカでも買って貰おうか」
 持参してきたウォッカを飲みながら、静かに笑い返す。
 彼もまた、渡したウォッカの瓶を開けながら静かに笑った。
「そいつは勘弁してくれ。俺がいない鎮守府も、偶には楽しいもんだろ?」
 からかう様に話す彼に、笑い返しながら本心を声にする。
「そうだね。とっても、つまらないな」
 紛れもなく、否定しようもない、自分自身での答え。

 彼がいなくても、元々彼が組んでいてくれたプログラムに従って、問題なく鎮守府は回っている。そもそも鎮守府を再建している間は、遠征と哨戒位しかできない。
 自然と他の艦娘との雑談が増えたが、改装したВерныйになった事についての反応はそれぞれ違っても、問題は何も起きてこなかった。
 第六駆の皆は、『響』として名前を呼んでくれて、いつもどおりのまま。
 夜鷹も何一つ変わらず、いつもみたいにお腹を見せて撫でろと言ってくるばかり。
 他の皆も、Верныйと呼ばれることも、響と呼ばれることもあるけれど、誰一人困惑もせずに、当たり前のように受け入れてくれた。
 とても嬉しい、皆の答え――望んでいた、誰からも見捨てられない世界。
 響だった少女が、一番望んでいた未来が待っていた――けれど。
「――やっぱり、君がいない鎮守府は、とてもつまらないさ」
 たった一人の声が、聞こえてこないだけ。
 けれど、全てを見たいといってくれた人がいないことが。
 其の声が、聞こえないことが。
 つまらなくて――寂しかった。
「ま、俺も、お前がいねぇのは、つまんねぇな――退屈で死にそうだ」
 応じてくれたのか、本心なのか分からないけれど、そんな風に彼が笑う。
 いつも通り下らない言葉を投げ合う様に淡々と笑う彼に、静かに笑い返す。
 相手がいないとつまらなくて、相手がいないから調子が出なくて。
 誰もいない場所で、身体によくないウォッカを飲み交わし、二人だけで過ごしている――
 其れは決して、良くは見られないだろう繋がりで。
 けれど、決して手放したくない、とても大切な繋がりだった。

「――あぁ、そうだ。渡したい物があるんだが」
 ウォッカを傾けながら、軽い調子で彼が言う。
 普段通りながら、少しだけ硬いような気がする声色。
「なんだい?」
 一本目を空にしながら、適当な口調で答えを返して――
 ぎゅっと、左手を掴まれた。
 ――え?
 疑問符が頭に浮かんで――ぐい、と左手ごと彼の元に引っ張られて。
「――サイズ、合えばいいが」
 取られた掌、薬指――すっと何かが通されて。
 彼女は、其れをじっと眺めていた。
 大きすぎも、小さすぎもせずに、其の為に有った様に自然な大きさで合致した、銀色の輝き――『ケッコンユビワ』。艦娘の秘められた能力を開放する――という名目はあるけれど、基本的には『結婚相手』に、『大切な艦娘』に送られる品物。
 言葉による前置きもなく、不意打ちのように、押し付けられるように装備させられていた其れに――怒る気なんか、ほんの少しも生まれなかった。
 ――そうか。
「……どうして、とは聞かないさ。これでも、何となくは分かってたし――とても、嬉しくて、安心する気持ちさ」
 心が温かく、表情が解ける。歓喜というほど激しくも、安堵というほど静かでもなく――ただ、嬉しい。
「そうしてくれると助かる。ついでに、受け取ってくれると、尚更な」
 彼は此方を見ず、瓶を開けて、一息に煽っていた――飲めもしない原液を、一息に。
 それでも、彼は其れを飲み込んで、不安そうに此方を見て――耐えられなかったか、やっぱり其れを煽って。
「――それでも、聞いていいかい?」
 見届けるよりは早く、言葉を紡ぐ。
 彼が倒れるよりも早く、けれど平常心では居られない状態――彼の本心が垂れ流されるだろう状態で。
 グラスを片手に、月を見上げながら――

「――私で、良いのかい?」
 心が震えるのを感じながら、其れでもそっと言葉を紡ぐ。
 ――君の結婚相手が、こんな私でいいのかい?
 彼ならば、もっと時間をかければ、良い出会いも、良い人との恋も、結婚も出来る筈だ。
 こんな、小さな身体をして、兵器と一体になっているような、艦娘ではなく。
 戦場で、明日にも儚く散るかもしれない、一瞬で居なくなるかもしれない相手じゃなくて。
 もっと、きっと相応しい人と、これから出会えるかもしれないのに――

「お前に、居て欲しい。ずっと、隣に居て欲しいんだ――」
 ゆっくりと、静かに紡がれた彼からの答え。
 不安に揺れていた心を包み込んで、受け入れてくれて。
 一瞬で消えるかもしれないのに、隣に居て欲しいと言ってくれた。
 こんな、自分が良いと――そう、答えてくれた。
「――ありがとう。私も、ずっと、君の隣に居るよ」
 呟いて、彼の肩に頭を乗せて。
 そっと流れ出す、歓喜の涙を拭いながら、少女は彼の隣で、心から微笑んだ。

「……月、綺麗だな」
 何処かの誰かが言った、遠まわしな告白の言葉。
「そうだね……こんな綺麗な月、初めて見た気がするよ」
 其の時の返事まで覚えてはいないけれど、心を開いて言葉を返す。
「――これからもずっと、こんな月をお前と一緒に見ていきたいな」
 本当に嬉しそうに笑ってくれる彼に。
「あぁ。私も――君の隣で、永遠に、君と一緒に見ていたいよ」
 心からの笑顔を見せて、本心の答えを渡す。
 人の時間は有限で――永遠なんてありえない嘘だけど。
 儚く消える一瞬の間でも、君が居てくれるなら――永遠に一緒に居られるなら。
 ――あぁ、本当に。ずっと、二人で、生きていたい。
「Я……――いや」
 ロシア語で、言葉を紡ぎかけて――そっと、声を止める。
 本心から、伝えたい言葉だから――

 彼に、ちゃんと、伝わって欲しいから。



 白亜の月が空を満たす、忘れられた世界の中で。
 少女は彼だけに聞こえる声で――初めての、言葉を伝えた。

「――君を、好きでよかった」

 ――Я  тебя  люблю――
   私は あなたを 愛している。




 ――あとがき。

 長くなりました(・・ )
 読了してくださった方、本当にありがとうございました。
 なお、此方ブログ用として作成した、本当に響と提督だけの話に仕上げた物なのですが。
 Pixiv版に上げる時は、多分もっと長くなります。

 ところで我が家にいる色フェチかつ花・宝石言葉好き。資料として改装前後の違いを必死に調べて気付いたことを熱く語って一部文章にしたのが下記。
 コメント「こじつけかもですがね、響は改装で目の色が勿忘草色から空色、ほんわかした青から澄んだ水色に変わってるんですよ。で、暁の方はどの色か目視で調べたら一番しっくりきたのが竜胆色から水色なんですよ」
 コメント「そして勿忘草の花言葉は『私を忘れないで(誠の愛)』、竜胆は『悲しんでいる時の貴方が好き(悲しむ貴方に寄り添う)』。素敵なプロポーズですが、悲しみが横たわる花言葉なのですよ」
 コメント「そんな悲しい花言葉の色を持つ二人が悲しみを空と水に溶かして海に戻ってきたんですよ。これってすごいことじゃね? From Y to Y以上にこっちに胸熱要素が詰まってるじゃないですか」
 コメント「そして花達も悲しみだけでは終わりません。勿忘草は愛情や友情の証、神聖な青でもあることから友人の墓標にそなえたり、竜胆は漢方に使われてたりその凜とした佇まいから病気に打ち勝つとか勝利という意味も持っているので贈り物として選ばれ

ることも」
 そろそろ落ち着こうマニア。
 コメント「ちなみに実際の花の色と和色名として設定されている色には微妙に違いがあるので気になる人は是非見て欲しい、和色名とイメージだと全く違うのも色の魅力なのです! おかげで名前のイメージで色を決めたらアワワな目に遭うことも」

 きりがないので、ここまで。
 それでは、またの物語で。

 あ、そうそう。結婚しました(・・ )
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