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蒼空に咲いた、百合の華

 物語は続きから、どうぞ。
(途中で気分を害する表現があるかもしれません、ご注意ください)


 追憶の彼方――忘られぬ絶望の時。
 ――逃げるなよ。
 下卑た、腐った男達の声。
 ――おい、下手に傷つけんなよー。
 掴まれて、止められて――腕を払って、逃げ出して。
 ――おい、逃がすな――
 追われて、追いかけられて、逃げ出して。
 出航する船に飛び乗って、隠れて逃げて――

 森を走って、走って、走って。
 山を登って、谷へと落ちて、また登って、走って、走って、走って。
 もう、どれだけ逃げたかも分からなくなった、そんな時に。
 ――人の食事時に鬱々と、何の用だ。
 明らかに不機嫌で苛立った彼の声。
 最悪の最悪な出会いが、私の物語、全ての始まり――





 蒼空に咲いた、百合の華




 チュンチュン、と。
 毎朝毎朝規則的に聞いている音で、意識が自動的に覚醒へと動かされる声。
「――……んー……?」
 毎朝聞いた時の反応から逃れることなく、リリィはゆっくりと瞼を開いていた。
 微睡みから抜けだして、静かにゆっくりと延びをする――随分と寝入っていたらしい、いつもの如く。
 ――……やな夢見たなぁ。
 どうせ消えやしない、無くなりはしない過去。叶うならば全て消去して欲しいと願う程度には、最悪な。
 されど、願った程度ではどうにもならない話であって。
「――とりあえず、どっかいこっかなー」
 ついでに鬱々凹む趣味もなく。
 リリィはパパっと寝間着を脱ぎ捨てた。


 いつもの如く準備されていた朝食――今日は椿お手製のホットサンドに、自身で用意したハイボール――を貪って、意気揚々と市街地地区へ。急ぎのクエストは特にない、暫くは遊び倒して問題ないだろう。
 ワープホールをくぐり抜けて、見慣れた喧噪のど真ん中――ストリートエリアの中央区。
「さーてと」
 一人ごちて、扉の外へ。開放的な太陽の光――まぁ人工物だけど――を浴びながら、人の流れに沿って歩き出す。
 市街地地区はアークス以外の一般人が殆どで、ましてやサポートパートナーなど尚更少ない。時折好奇の目が向けられているのが分かる。どうでもいいけど。
 ――どっから行こうかなー。
 市街地の地図を頭に展開しながら歩き続ける。馴染みの酒屋と飲み屋の位置は完全に把握済みだ。
 たまには女の子らしくアクセサリーでも見て回ろうか――などという気持ちはさらっさらない。
 基本戦闘の邪魔だし、例外はヘアアクセだが最近慣れたツインテールをストレートショートに変更したばかり。
 ――この短さで色々考えても空しいし。
 とりあえず一杯引っかけようと、心持ち早足で歩きだし――その歩みを停止した。
 ――ん?
 人混みから少し外れて、建物と建物の間の路地裏――余り整備されていない裏道――の方に意識を向ける。
 音。何かがぶつかるような――殴られるような。
 ――酔っぱらいの喧嘩? いやいや、昼間っからは早すぎるっしょ。
 それに、怒鳴り声も聞こえてこない。
 喧嘩、という感じではなさそうだ。
 気のせいならいいんだけどなー、と思いながら路地裏に入る。薄汚い通りを、音を消して歩いて――
 前方の角の向こうから、肉が打たれる嫌な音がした。
「――分かったか?」
 苛立ちを隠しもしない、野太い男の声
「は、ぃ……」
 怯えた、あどけない、小さな泣き声。
 微塵の躊躇いも無く。
 リリィは前へ、駆け出していた。



 ――怖い、怖い、怖い。
「いいか、屑。今度こそ、きっちり取ってこいや。次失敗したら売り飛ばすぞ」
 マスターの命令。殴られた頬を手で押さえながら、必死に頷く。そうじゃないと、殺されるから。
 何で、こんな事しなくちゃいけないんだろう。サポートパートナー、は、あくまで、アークスの普通の活動をサポートする為だけにいる筈なのに――そんな自問自答も、出会って一月を越えると、もう考える気力もなかった。
 マスターの命令――命令とあればやらなくてはならない。お店の商品を取ってこい、小さくて金目のものを、見つかったら子どもみたいに何も知らなかったと言えと――犯罪行為でも、従わないと、いけないのだと。
「は、い」
 頷きたくなんかない。でも、頷かないと、マスターの命令に従わない事になってしまうから。
 サポートパートナーとしては、全部、全部、マスターの命令に従わないといけなくて。
「よし、それじゃ行ってこい」
「わかり、ました」
 フラ、とよろつく体を必死に支えながら、歩きだして――

「――ヘロー、屑野郎」

 背後。マスターの後ろから聞こえてきたのは、そんな声だった。
「あぁ――」
「そしてぇ、グッバイ!」
 ドゴゥ、と。明らかに人から鳴ってはいけない、重たい打撃音。
 あわてて振り返る――マスターが、思い切り壁に叩きつけられていた。
 そうして、今までマスターが居た場所に、足を思い切り降り抜いている少女が一人、そこにいた。
「!? マ、マス……?」
「こいつはおまけぃ!」
 声を掛けるのと、追撃の回し蹴りがマスターの顔面にねじ込まれたのは、ほぼ同時。
 真っ赤な血と反吐をまき散らして、マスターがその場に崩れ落ちる――助けようとさえ思えなかった。それを思う暇すら、無かった。
 ――え? ……え?
「うーしっと……あんた、大丈夫ー?」
 狼狽する意識を元に戻してくれたのは、その少女――自分と同じ、サポートパートナーの呼び声だった。




「あ、つばっきー? サポート一人保護したから、ちーと後始末やっといてー。これ屑のデータね」
『今受け取りました、すぐ手続きに入ります。ただ、最終的にどちらかの同意が必要なのでその辺は任せますよ。それと処理手続きも覚えて――』
「考えとくー。んじゃよろしゅー」
 手順については思考から吐き出して、通信を終了。そうして、リリィは改めて助けたサポートの少女へと向き直った。
 幾度と無く見慣れてしまった、困惑と混乱の目。それ以上に生々しい傷跡。
 物として扱われるサポートを助け出した際に見られる、特徴的な様子と何一つ外れず酷似する。あの後即座に部屋に引きずり込んだが、つくづく正解だった。
 ――いい加減に慣れてきちゃったなー、このやり方。
「あ、あの……」
 おどおどと、目の前のお菓子とリリィの方を交互に見る少女の呼びかけに、リリィは軽く笑いを返した。
「食べていいよー。あぁ、自己紹介がまだだっけ。あたしゃーリリィ、あんたは?」
「ス、ピカ、です」
「スピっちね、了解」
「!?」
 ――人並みの反応はある、と。あれについてから日が浅いかな、助かった。
 帰ってきて一番に開けたウイスキーを啜りながら、心の中で静かにつぶやく。というかあの大騒ぎの後は一気に減ったから、その後に契約を結んだのかもしれない。
 初対面の相手にあだ名で呼ばれたら混乱するのが当たり前――無反応の場合は、心のどこにもそれに反応するエネルギーが残っていないという事。
 そういう意味では、スピカの場合はまだ人並みの判断力は残っているらしい。十分朗報だ。
「で、スピっちどったのー?」
「ス、スピ……?! あ、あの……あの、あなた、は?」
「ん?」
「どう、して、こんな、こと? それに、あの、マスターは……?」
 現状に理解が追いついていない。それは分かる――誰よりも、とは行かずとも、似た事が有ったからこそ。
「あの屑なら、とりあえず今頃……連行されてんじゃない? サポートに対する人権侵害並びに犯罪の強要――あたりじゃないかなー。念のために録音はしといたし」
「え、えっと……だって、私の、マスター、で」
「――牢屋にぶち込んで別の船に飛ばすから、もうあんたの前には現れないよ、あいつは」
「そ、んな! どう、して?」
 自分のマスターに、もう二度と出会えない――『非人道的な目に遭わされながら』それを『悲しい』と思える。思えてしまう。
「私が、悪いんです。私が、何も知らなくて、出来なくて、それでマスターが叱ってくれただけなのに。なのに、何でですか!」
 ――やっぱこーなるよねー。
 予想通りの回答に、思わず顔をしかめる。こうなるだろうな、の想像通りの返答だ。
 サポートパートナーは、全てにおいてマスターが優先。マスターの為に生きて、マスターの役に立つ事が全て。そういった考え方を、大体の場合において植え付けられた。
 結果として、どんな屑に仕えても、全てをマスターの為に――そう考えてしまう。
 サポートパートナーにも、その個人を示す人権や自由意志は、間違いなく存在するのに。
 ――でもって、マスターの意志を最優先にしがちなんだよなー。
『はぁ? マスターを犯罪者にする位なら汚名全部被るか刺し違えるか無罪放免にするもんでしょう?』
『犯罪なんて、そんなの許すワケないじゃない。ドンナ理由デモ私ヲ置イテクナンテ許サナイ』
 ――あのヤンデレーズはこの際無視しよう、うん。
 兎も角、平常時はマスター優先で良い。スパルタだろうが溺愛だろうがアークスとしての行動から外れなければ問題はない。
 されど。
「『犯罪者』はアークスではない」
「え?」
「――マスターの定義について、訓練所で習わなかった? 今現在罪を犯している場合、その相手をマスターとする必要はないって事」
「は、はい。習いました」
「うんうん――あんたの元マスターは、紛れもなく犯罪を犯してる。その時点で、スピっちがあれをマスターと呼ぶ義務は、もう存在してないんだよ」
「で、ですが。あくまで、盗もうとしたのは――」
「強要罪に暴行罪。スピっちの場合は窃盗罪になるけど、サポートがマスターに強制されて行った犯罪行為は全部マスターに返っていく――それにまぁ、今日は失敗してんでしょ? あたしゃー分析官じゃないし、其れ以上はなにも言わんよ」
 反論を潰して、ウイスキーを啜る。ついてきたクラッカーもついでにつまむ。
 少女が何かを言おうとして、俯いた。
 ぱりぱり、とクラッカーが砕ける音だけが暫くの間、流れ続けて――
「……あの」
「ん、どったの、スピっち」
 意を決した眼差しの少女に、柔らかく微笑む。彼女は言葉を選ぶように、俯いたまま、小さく呟いた。
「……この、後、私は、どうなるんでしょうか?」
「どーもしないよ」
 事も無げに、そう答える。
「え?」
「スピっちは犯罪を強要されて殴られた被害者。あの屑が加害者。で、マスターによる被害者になったスピっちは、メディカルセンター預かりになって、暫くはゆっくり羽休めかなー」
「え? 私、も――」
「『マスターの命令による犯罪』、それでスピっちは無罪だよ。あくまで軽い窃盗罪だし、自由意志が無かったのは明らかだしね」
 ――結局の所、自由意志を持てないのが最大の問題なのかなー。
 サポートパートナーは、基本的には己のマスターに忠実だ。そうなるように育てられるから。
 そして其れも当然の話ではある。アークスの補助が根本的なサポートパートナーの生き方なのだ。そこから外れるとなれば、不良品との烙印を押されかねない。
 ――……本当に、良い人に拾って貰ったな。
「リリィさんは、どうして、そんな風に考えられるんですか?」
 ――……あー、そりゃ気になるか。
 余り聞かれたことはなかったが、確かに気になってもしょうがない事ではある。
 つくづく、性根は優しい子なのだろう。
「……あたしもね、昔はスピっちみたいに考えてたからさ。今のマスターに助けて貰うまで、ずっとさ」
「――そう、なのですか。では、私と同じように?」
 リリィはただ、小さく笑った。

「――あたしの場合、もうちょい最悪だったかな。人扱いじゃなかったし」





 ――いつ頃、来られるんだろう。
 指定された部屋の前――選ばれたアークスの部屋。
 名前を持たないサポートパートナーの少女は、一人誰もいない部屋の前で待っていた。
 期待と、不安と、焦りと――色んな感情が混ざりあった中で、少女は静かに吐息をはいた。
 ――大丈夫、そのために頑張ったんだし! 文章とか文章とか文章とか!
 相手のマスターの情報は名前――バルニカ、とか言うらしい――以外はよく分からなかったけれど。それは、ここから知っていければ良いんだから。
 グッと心の中で気合いを入れ直して――カツカツと足音が聞こえてきて。
 その足音の主が部屋の方へと向かってきていることを確認してから、少女は改めて頭を下げた。
 足音が近づいてきて、静かになった――其れを認識してから、少女は静かに言葉を紡いだ。
「――お待ちしておりました。初めまして、マスター」
 このために何回も練習した定型文。噛まずに言えた。
「――君が今度のサポートか」
 少し小太りの、中年の男性。されど、立ち振る舞いはかなり様になっていた。
「はい」
 はっきりと返した言葉に、その男はうむ、とうなずいた。
 若干さえない、少し冷たい感じのする男性だが、小さなチームのリーダーとして、きっちりとチームを運営していると聞いている。サポートパートナーを所望している理由も、チームリーダーの補佐としてという色合いが強いらしい。
「あぁ、まずはついてきてくれ」
「分かりました!」
 ――失敗しないように、しなきゃ。
 これが、初めて――サポートパートナーとして、初めての日なんだから。
 少女は歩きだした男の後を追って駆けだした。
「ここだ、入ってくれ」
 十数分の移動を終えて案内されたのは、一つの部屋の前――チームルームが集う場所の一つ。
 ――ここから、私のサポートパートナーとしての生活が始まるんだ。
 期待と不安に心揺れながら、少女は静かに呼吸を整えた。そうして、
「――失礼します!」
 意気揚々と声を上げて、開かれた扉の内側へ。
 開かれた先に有ったのは、爽やかな感じのする部屋――チームルーム。
 されど。
 ――!?
 光輝く部屋の中、二つの瞳を見開いて。
 少女は、その世界を認識した。


 数時間後、少女は森で一人だった。
 念入りに整えた髪も、新調した服も破かれてボロ布になって、腕や顔にひっかき傷や乱暴に掴まれた跡が残っていて――
「っく、ひっく……」
 少女は一人、泣いていた。

 意気揚々と入った部屋、チームルームには既に何人もの人がいた。
 誰から話しかければ良いかわからないでいたら、少女を囲む形で集まってくれた――ように見えたのは最初だけ。
 マスターが少女のことを紹介する間、居心地の悪さを感じた。
 小さなチームだから、部屋もそこまで大きくはない。でも、そういうのとも違う圧迫感や空気の悪さを感じていた。
 サポートパートナーとして訓練を積んできたが、男性アークスの集団に囲まれるなんて初めてで、全員、彼女よりずっと大きくて。
 その、目が。
 違和感がどんどん増えて、でも、これからお世話になるんだからと肌が粟立っても我慢して。
 でも、促されて挨拶した瞬間。
 真正面の男に腕を掴まれたのだけは、よく覚えてる。それから、背を押された。
 あっという間に床に縫いつけられて、明らかに、異常を感じてマスターを仰いだけれど。
 マスターは、そんな彼女を嘲笑って見ていた。
 そして、告げられた言葉に。
 男達の好色な笑い声と、伸ばされる大きな手に。
 少女は悲鳴を上げて、全力で暴れ出した。
 体をよじって、必死に蹴って、でも肩を掴む腕だけは外せなくて、
「いってー」
「ちっ、往生際悪いなぁ」
「おいチムマス、どういうことだよ」
「こらこら、何をしてるんだ。これがお前の仕事なんだから」
 全員が、少女の抵抗を笑っていた。
 泣いてる彼女の姿に、笑っていた。
「無駄に暴れるなって、のっ!」
「っ!?」
 そのまま、がら空きのお腹を思い切り殴られた。
 体重全部を乗せたそれは、とても痛くて。
「サポートなんだから、アークスに逆らうなよ!」
 別の男に腕を踏まれて、涙で視界が滲んだ。
 その中でも顎を掴んだのはマスターだと分かって、呼吸が満足に出来なくても必死に助けを求めた。
 でも、やっぱり。

「所詮お前達(サポートパートナー)は、俺達(アークス)の玩具なんだよ?」

 大人しく言うことを聞きなさい。
 その言葉が、命令が、脳を支配するより先に。
「――ふざけるな」
 猛烈な血の匂いが、背中の方から漂ってきた。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!?」
 肩にかかっていた重みが消えて、周囲が騒然となる。
 衝撃。後ろで、何か起きてる。
 ――でも!
 顎を掴んでいたマスターに、思い切り頭突きを食らわせて走り出した――逃げるなら、今しかない。
「待て!」
「くそっ、こいつ!」
 喧騒は止まない、それでも、彼女は決して振り返らず、部屋を飛び出していた。


 どこをどう走って逃げたか、までは覚えていないけれど。
 気がつけば、少女は一人森の中――それも、最奥に一人だけで居た。
 身体中、掴まれた場所も殴られた場所も、引っかいた部分も逃げる為に酷使した部分も全部痛い。まるで生きたままバラバラにされたみたいだった。
 ――……おなか、すいた。
 それでも歩く以外に彼女に出来ることはなくて。お腹だって間違いなく痛いのに、何もないそこが別の苦痛を与えてきてる。
 すごく、惨めだった。
 それでも、彼女は存在意義より生存本能のまま逃げ続けて。
 どれだけ、歩いていたのか、もう時間感覚すら分からなくなった。
 所に――
 ――ぁ。
 パチパチ、と鳴っている音と、鼻孔をくすぐる香ばしい匂い。
 それに、涙が落ち着いた――吸い寄せられるままに、音の方へと歩きだしていた。
 ――……火……魚。
 その音の正体が焚き火と、その前に突き刺さっている焼き魚だと分かったと同時に、グゥ、と腹が鳴き出した。
 ――……ごはん。
 きょろきょろ、と静かに視線をさまよわせる。森の中に、人影は何も見えない。誰もいない。
 ボロ布になった服を巻き直して、焚き火に近づく。ご飯。
 誰かが、どこかに居る――そんな事よりも。
 魚を貫通させている枝を引き抜く。少し熱かった其れに、何も考えずにかじりつく。
 バリバリと焦げた味付けも何もない其れは、苦くて、痛くて、不味くて――それなのに、美味しく感じられた。
「……ぅ」
 ――……何で、何で……!
 かじりついたまま、瞼の裏側が熱くなって――ボロボロと、涙がこぼれだした。
「ぅぁぁ、ぁぁ……ぅぁぁぁっ……」
 ――サポート、パートナー……なれ、た、のに……。
 アークスの為に――誰かの役に立つために。
 その為に生まれてきた。
 なのに。
 ――何で、何で? あんな事、されなくちゃ、いけないの? あたしは、弄ばれる為だけに生まれてきたの?
 マスターの命令には、絶対に従え――そう教えられてきた。
 ――それが、あんな命令でも? サポートパートナー、としてではない、ただの玩具になれという命令で、有ってまで?
 ――嫌だ、嫌だ。でも、マスターの、でも――

 サクッ。
 枯れ枝を踏みしめる、音。
 ビク、と身体が震えて――
「――そこのお前、何をしいてる」
 後ろからの男性の、声。
 体が、固まった。動かない。動けない。
 また、脱がされる。殴られる。
 最後は、弄ばれて――
「い、嫌……いやぁ……許し、て……くだ、さ……!」
 怖い。怖い。嫌、嫌――

「――人の食事時に鬱々と、何の用だ。腹減ってるならさっさと食え」
 ため息と、呆れ声。
 決して怒っても、脱がそうとも――物のように扱おうともしなかった。
「……ぇ」
「ついでに、服――持ってないならこれでも着てろ。五分程度は席を外しておくから安心しておけ、誓って覗くなどはしない」
 バサッ、と背中に何か、布が掛かった。串を地面に捨てて、背中の其れを取ってみる――灰色の外套。
 慌てて振り返ってみる。誰もいなかった。
 周りを見回す――やっぱり、誰もそこにはいなくて。
 ――……ぇ……?
 怒られもしなかった。勝手に、人の物盗んで食べたのに、それについても、何も。
 訳も分からないまま、それでも、布よりはましだと思う其れを着込んでみる。
 サイズは明らかに大きくてブカブカ――だけど、凄く暖かくて心地よくて。
 とても、暖かい匂いがした。



「――で? お前は一体誰なんだ」
「――え、っと……」
 三十分後。
 少女が今着ている服と全く同じ服を着ている青年は、杯を片手にそう問いかけてきた。
 結局、魚一本食べ終えた頃に彼が戻ってきて――追加で大きな骨付き肉。空腹に耐えきれず齧りついて、すぐになくなって。そのまま、次々といろんな食べ物をくれて――つい、デザートまで貰ってしまった。
 ――結局、この人の食事殆ど貰っちゃったな……。
 その間、彼は殆どあの液体しか呑んでいなかった。気にするなと念押しされたから、気にしない事にしたけれど――今も追加で肉を焼いている所だし。
「――サポート、パートナーです」
「……サポート?」
「え?」
 ――あ、あれ?
 青年が焚き火に枯れ枝を放りながら首を傾げて、怪訝な顔をする。ついでに、彼用の骨付き肉の様子を見ている。
 少女は自分が置かれている現状をいったん脇に寄せて、彼の方に意識を向けた。
「サポート、パートナー。アークスへの支援制度ですが、ご存じ有りませんか?」
「どうにも、時事の事は疎くてな――俺はいまいちその制度の事を覚えていない、説明して貰っても構わないか」
 ――本気だ。本気で言ってる、この人。
 思わず目眩がした。こんなアークスが、まだ存在したなんて。
「は、い。それは、構いません。ですが、その――どこから、始めればいいのか……」
「概要だけでいい。ナベリウスの最奥の此処まで来れるのであれば、アークスと同じような物なんだろうしな」
「いえ。アークスを、というよりマスターを助ける事が、私達の全てです」
「……ん?」
 彼の表情に怪訝さが混じった。パキ、と手にした枝が二つに折れる。
 おかしな事を説明したつもりはないのだが。
「……もう一回、言ってくれるか」
「アークスを助けることが、私達の――」
「――あいつが話してた制度か。相変わらず馬鹿馬鹿しい話だな」
 それは、忌々しそうに吐き捨てられた、冷たい声だった。
「誰かの命令に従って生きるとか、人形以下の存在にでもなりたいのか、お前達は。それとも人形らしくお前はマスターが死ねといったら死ぬのか――自分で動けぬでくの棒など、戦場では敵よりも厄介だ。命令がなければ立ち向かえず、逃げることすらできない奴に何の意味がある」
 心底哀れんでいる目と馬鹿らしいと見下げている表情。
 悲しく思う――よりも先に、何故だろう。
 ――なんか凄く、不快。苛立つ。
「……もういい、概要は理解した。だがその上で、一つ聞かせろ」
「……どうぞ」
「お前のマスターとやらはどうした。何故、こんな所で――お前は、布一枚で逃げてこないといけなかった?」
 ――!!
 骨付き肉を火から下ろしながらも、彼の声は随分淡々と静かで、冷たかった。
「……余り見くびるな。正式なアークスじゃないが、それなりに色々と経験は積んでいる――漠然とした、予想はついている」
 焚き火に枯れ枝を投げ込みながら、何でもなさそうに彼が言う。その瞳は静かで――鋭い。内心までも見透かされそうな程に。

「――その上で、聞かせろ。何があったのか、全て」

 一瞬迷って――
 でも、それからは。
「分かりました」
 起きたことをありのまま話した。



 ぐるぐると頭の中で巡っていたことを口に出せば、どう考えてもおかしいことばかりで。なのに、報告みたいに話せばどんどん他人事みたいに思えた。
 ――仕方ない、ことなんだろうか。
 確かにおかしいことだ。でも、それを望まれてるんだ。
 サポートの仕事だって色々ある。単純に戦闘支援特化の者もいれば事務特化の者もいて、どちらもそこそこ出来るタイプだっている。
 その中で、彼女は選ばれたのだから。
 話す内に、そう思えたのに。

「それはセクハラなんて域じゃないだろう、とっとと監査に突き出すレベルだ」

 目の前の男は、躊躇いなくそう言った。
 一瞬、目の前に火花が散った気がした。男はそんな彼女に構わず続ける。
「女を裸にして、大勢の男の前に出すなんて普通じゃないことくらい俺にだって分かるぞ」
「た、確かにおかしいけれど、でも、私はサポートパートナーで」
 そうだ、だから仕方ない。そう思うのに、男はそんな彼女に呆れたような顔をしてみせる。
 ――やめて、やめてよ。
「で? サポートパートナーなら裸にひん剥いても許されるのか?」
「許されるとか、許されないとかじゃなくて」
 こっちが必死に納得しようとしてるのに。
 納得しようと、思ったのに。
「それが、与えられた仕事なら――」
「仕事?」
 彼の瞳が、冷たく、鋭くなって――

「それが仕事だと、お前は本気で思ってるのか?」

 投げかけられた、その問いは。
 ――なんで!
「――思うわけ、ないじゃない!!」
 反射的に、叫んでいた。
 なんで、そんなこと言うんだ。
 口調も全部かなぐり捨てて。
 喉でつっかえていえなかったことを、思い切り吐き出した。
「こっちは必死にルール覚えたり、探査惑星についての勉強とか、戦闘訓練とかしてきたのに!!」
 つい昨日までのことなのに、そんな日々がどうしようもなく褪せて見えてしまう。
「書類仕事だって、必要になった時困るからって教官に付きっきりで教えてもらって、どうにか合格点もらったのに!」
 でも、仕方ないと、納得しないといけないのに。
 マスターに捨てられたら、自分はどうしようもない欠陥品というレッテルで返されてしまうのに。
 ――それでも、それでも……!
「なのに、なんであんな目に遭わないといけないの!? あ、あたし、そんなの全然聞いてない! でも、それを望まれてるんだから仕方ないじゃない!!」
 ――だって。

「だって、あたし、サポートパートナーだもん!!」

「ふざけるな」
 即答だった。半眼の。
「ふざけてない!!」
「お前俺の話、全ッ然聞いてないだろう。それともあれか、お前等は人形だから言われたことしか出来ないのか」
「そっちだってあたしの話全然聞いてないじゃない! あたしは言われたって、怖くて、逃げ出したんだってば!!」
 叫ぶ。けれど、彼の目の色は変わらない。
「だが結局戻る気なんだろう? 『自分はサポートパートナーだから仕方ない』と言って、なにも解決する気がないんだろう」
「だって、じゃなきゃ捨てられちゃう……!!」
「構わないだろう、望まない仕事につくよりは」
 なんてあっさり言ってくれるんだ。
 ――なんで、なんで。
「そんなこと、簡単に出来るワケないじゃない! 次のマスターが現れるかも分からないし、もっと酷い奴がマスターになっちゃうかもしれないんだよ!?」
「ならそいつも蹴れば良い。少なくとも、今お前のマスターを名乗ってる奴は最悪だろう」
 ――嗚呼、なんで。
 何で、自分が言いたくても言えないことばっかり、こうもポンポンと口にしてくれるんだ。
 そんなこと言われたら。
「そこまで言うならさぁ、あなたが私のマスターになってみせてよ!」
 ――期待、しちゃうじゃないか。
「口先じゃ幾らでも言えるよね! もうアークスからの命令下ってるのに、どうすればいいって言うのよ!! あんたがなんとかしてくれんの、それ!?」
 ――助けて、くれるって。
 はっきり言って、信じてない。
 助けてくれるなんて、これっぽっちも――

「分かった、そのゴミの名前を教えろ」

 ――え?
 即答だった。鋭い、強い目で。
「名前だ」
「えっと……バルニカって奴」
「わかった」
 刹那――轟、と。
 彼から、怒りの色が溢れだして。
 思わず、息を飲み込んだ。二の句が継げないほどの、敵意と殺意。
「一日程待っていろ――全て片づけてくる。あぁ、なんなら酒でも飲んでろ。どうせ此処にはダーカーは出現しないしな」
 そうして、彼が立ち上がる――バルニカよりも一回り以上若い筈なのに、其の背中から感じるプレッシャーは、其れより遙かに強大で。
「え、え……?」
「――お前、名前は?」
「え……いや、無いけど。あの男からは、名前なんか貰ってないし」
 サポートパートナーは、マスターから名前を貰う。それすらなかった。
 それに、彼は少し悩むようにして――

「――『リリィ』」

「え?」
「……今のお前を見て、不意に思いついた名だ。気にいらなければ自分で考えておけ」
 言うや否や彼が森の奥へと走り出していく。
 少女は一人、彼の背を見送るしかできなかった。


 ――リリィ。
 焚き火も消えた、朝の光。人工の其れとは違う、心地よい暖かさに包まれて、少女は静かに考えていた。
 ――リリィ。
 残されている液体を飲みながら、深く、静かに。
 名前。マスターから名付けられずに、玩具でしかなかったサポートパートナー、ではない。
 世界に凛と咲き誇る、一輪の百合の名をくれた。
 ――……あの、人。
 あのマスターみたいに物扱いではなく、一人の人として相手をしてくれた。
 確固たる『あたし』をくれた。
 ――……名前……。
 ぎゅっと、自分で自分を抱きしめる。
 彼は、自分が着ていた服を何のためらいもなく投げ捨てて、見知らぬサポートパートナー、彼からすれば小さいだけの少女に投げ渡した。
 自分の食事よりも、少女の事を優先した。
 今だって、彼自身には何の益もないのに――武器を手に、解決しようと駆けだしてくれた。
 ――あたしの為に。
「――リリィ、か」
 声に出し――そうして、頷く。

「……うん。あたしは、リリィ。玩具でも、サポートパートナーでもない、一人の、リリィ――」
 ――彼がくれた、大切な『あたし』。

 木漏れ日の中で、少女は一人、静かに笑った。
 一日ぶりに、心から安堵して、笑うことが出来た。
 ――……そういえば、名前聞いてない。
 抱きしめていた、震える腕をほどいて、ほんの少し空を見上げる。
 彼の髪色と同じ、澄んだ蒼空が広がっていて――
 心配なんて、欠片もなくなっていて。
「……早く帰ってきてね、マスター」
 少女――リリィはただ、朗らかに笑っていた。




「――以上。こんな感じだったよ、あたしは」
 ひとしきり、話終えて。
 リリィは心の中で、後悔していた。
 ――あぁこれ初対面で全部話して良い内容じゃないよね。
 あくまで事実だけとか、端折ったりとか。そこを今後の参考になればとリリィのその時の心情まで話しちゃったものだから。
 正面のスピカは――
「……そんな、事が合ったんですね」
「大丈夫、そんなに心配しなくていいからねー」
 ポロポロと雫を流す少女に、リリィは冷や汗を流しながら必死に言葉を紡ぎだした。
 ――……この子、ほんっとに優しい子なんだ。
 同時に、そんな事を考える。
 自分が相応以上に苦しい状況だったのに、他人の苦しみを自分事として理解できる。それは、とても優しい心。
 最も、其れをマスターに利用された部分もあるかもしれないが。
「今はその話した人、ヴァントさんがあたしのマスターやってくれてるから」
 涙を必死で拭う彼女に、リリィは軽いウインクを投げかけた。
「――だからあたし、毎日楽しくサポートしてるよ?」




 ――……ふー。
 隣で静かに寝入るスピカを起こさないように気をつけながら、リリィは静かに清酒を呷る。
 ――というか、やっぱり疲れてたんだろうなー。
 彼女の話をほとんど聞かなかったが、ひょっとしたらストレスで眠れない日々だったのかもしれない。
 乾物を噛みながら、穏やかに寝入るスピカを見る。顔の痣も殆ど見えないけれど、時折恐怖にか小さく震える時があって――それでも、安らかに眠れてる。
 ――間に合って、よかった、かな。
 もう少し遅ければ――犯罪行為が成功するか、若しくは失敗して連れ帰られれば――かなりな手遅れになっていたと思う。
 新しいマスター探しとか、まだまだしなければならない事は多いけれど、今は彼女が安らかに眠れている事だけを、ただただ喜んでおくとしよう。
 と、
『リリィ、今大丈夫?』
「マンルーン?」
 静かに座布団から立ち上がって、通路の方へ。
 そうすれば、部屋の前に通信を繋げた相手がバッグを肩に掛けて立っていた。
「あ、ごめんなさい。部屋に鍵がかかってたから」
「あー、ごめんごめん。ちょっと野暮用?」
 あんな目に遭ったスピカが突然人が来たらおびえるかもとか、説明だって簡単には出来ないなとか考えて鍵を閉めていたが、そういえばそのままだった。
「えっと、じゃあヴァントさんもいらっしゃる?」
「え、いやいないけど」
 首を傾げれば、マンルーンはバッグの中の書類の束を見せた。
「これ、ヴァントさんからの依頼の報告書なんだけど」
 ――ああ、なるほど。
 ヴァントは自分が受けた依頼を他人に様子を見て回す、事が結構多い。これも多分、いつもの奴なんだろう。
「オッケー、渡しとくよ」
「お願い。これが私の分で、こっちは椿の分」
「え、つばっきーも?」
 即座に疑問が頭に浮かんだ。
 彼はヴァントの仕事を受けることは少ないし、何より――マンルーンに報告書を預ける事は、珍しい。
「何だか急ぎを頼まれてたみたいだったから、ついでに持っていくって言ったの」
「ふーん」
 全部受け取って、何となく椿の出してきた報告書が気になって。
 ぱらり、とページをめくって――
 ――……これ、って。
「リリィ?」
「ごめん、マンルーンありがと。所で、この後用事ある?」
「いえ、今日はこれで終わりだけど」
「じゃあさ、ちょっと頼まれてくんない?」
「?」
「サポパ一人預かったんだけど、寝ちゃってさ。ご飯どうしようかと思ってたんだよね」
「ああ、分かったわ。すぐ用意する」
 テクテクと、身軽になったマンルーンが部屋に入る。
 それを見送って――即座に続きに目を通す。
 始めに、スピカについての情報。次に、スピカのマスターの情報――更に、それが属するチームの情報。
 どういった犯罪をその男が行って、其れが如何に危険な行為で、そして、チームがその所行に荷担している――
 最後に、其のチームに対する攻撃活動について。犯罪行為に荷担した人間と、負傷した人間が一致しているということについて。負傷も後遺症が残らない、あくまで負傷で済むレベルであるということまで。
 詰まる所、其の攻撃が如何に正当かという証拠資料。
 リリィは即座に、書き上げた主に連絡を入れた。
「つばっきー」
『……はい』
「何か面白い報告書書いたみたいだねー、マンルーンには説明出来ずに奪われたっぽいけど」
『そうですね、その時点でこうなると思いました』
「――うちのマスター、このチームに襲撃かけたね?」
『はい。結果的にはチームを半壊させて、現在六芒に事情聴取を受けています』
 ――何も聞いてないんですけど。
 襲撃とか、襲撃とか、襲撃とか。
「おっけぃあんがと。とりあえず殴りに行くわ」
『そうなりますよね。今ヒューイさんの部屋にいるみたいですし、お早めに』
 それから少しのやりとりの後通信が切る。心苦しいがスピカを起こし、マンルーンを紹介して、二人で食事の準備をしてもらうことにして。
 リリィは駆け出した。


 椿からの報告書とクラリスクレイスを連れて行って――椿からの助言で、そうすると彼女の教育上よろしくない話はまた日を改めてになるらしい――、ひとまずヴァントはマイルーム謹慎を言い渡された。
「ほんっとさー」
「全くな」
「いや、マスターの事だからね」
 帰り道、二人で通路を進みながら、リリィは小さくため息をついた。
 ――……全く、馬鹿マスターなんだから。
 確かに、スピカの境遇、並びに所属していたマスターの情報については連絡した。したが、そこまでしてくれ等とは何一つ頼んでないのに。
 結局の所、チームに所属するアークスが犯罪を犯すパターンというのは、其のチームそのものが犯罪に荷担するグループである確率が高い。そうした場合、彼女を助けただけでは終わらず、其の根本を潰しに行く必要がある。誰かが。
 ――最悪の場合は、あたしが行こうと思ってたしね。
 チームを潰す、なんて途方もない事。
 でも、ヒューイとか椿とか、最終的にマリアとかに頭を下げれば間違いなく可能。
「――それで済むじゃん」
「その間に他の奴らが被害を受けるだろう。実際、椿も其の可能性が高いと言っていたし、きちんと問題ある奴だけの時に行った」
 ――椿ぃ。
 つまり椿に焚き付けられたのだ、この男。
 まぁ、不器用な彼らしいとも言えるけれど。
 真っ直ぐに、問題の根を潰しにかかる――迷惑ながらも、誰かの為にと感じたならば。
 いつだって、彼は助けてくれる。出会いの時も、日々の旅路も、少女が『リリィ』で無かった時も。
 ――本当に……いつだって。
 リリィは静かに笑って――小さな、小さな声で。
「……あんがとね、マスター」
 誰にも聞こえぬよう、そう呟いた。



 その笑顔に覗く感情が、マスターに向ける其れではないという事を彼女が理解する日が訪れるかは、まだ誰にも分からない。




 ――あとがき。
 ということでなぜか出来ていましたリリィの過去物語&今物語。
 元々書いていた作品がどうにも筆乗らない→ちょっとサポートの話でも書いてみようかな→こうなった。
 元々「impossible world」の方でちらっと見せていた過去でしたが、こうして改めて形に出来てよかったです。
 なお、この話の時間軸はEP3の浮上施設出現後――ある大きな事件の後になります。その事件については、相方が書き上げる予定ですので気長にお待ち下さいませ(―_―)
「ユッキー書き上げてからな」
 アーアーキコエナーイ( ・・)
 それでは、またの物語でお会いしましょう。




 追記――「過去のその時、何が起きたのか」



 アークスシップ、ショップエリア――
 余り人も立ち寄らない一角の、小さなバー。
 入り口のベルの音を響かせながら、ヴァントはその中へと立ち入った。
 グラスを磨くマスターが静かな会釈を投げてくる。ヴァントもまた、適当に返してから、バーの奥まった箇所にあるテーブル――そこに座る男へと手を挙げた。
「――待たせたな、ヒューイ」
「おぉ、ヴァント待っていたぞ! 一体どうした、俺に連絡するなど珍しいじゃないか!」
 六芒の六、ヒューイ。カクテルらしき物を飲みながら手を挙げた彼に、ヴァントはその対面に座りながら本題を切り出した。
「調べて欲しいチームがあるんだが」
「……お? 一体どうした、チーム体験でも課題で出たのか?」
 本当に不思議そうに呟くヒューイ。ヴァントは構わず、言葉を続けた。
「いや――チームマスターの名前しか分かっていないんだが、バルニカ、という男だが」
「……その名前、どこから知った」
 空気が変わった。されど、止まる理由にはならず。
「そいつの所からサポートが一人、逃げ出してきた。乱暴されかけた、とな――今はナベリウスで休ませている」
「……本当か」
「本人から聞いた」
 ヒューイの確認に間髪入れずに頷く。
 それに、彼は――がくりと肩を落とした。
「――やっぱりかそうだよなぁ……やーっぱりかー」
「……何かあったのか」
 あぁ、とヒューイが頷いて。
「そのおっさんのチームのメンバーな、どうにも最近サポートパートナーの補充希望が多く出ていてなー。其れも女性希望ばっかりでなー、怪しいとは思ってた。んで近々見に行こうと思ってたんだが……」
「なら話は早いな。教えろ、俺が調べに行く――それこそ、正式アークス前のチーム体験にでも来たとでも、いくらでも話は通せるだろ」
「あー……確かにまぁ、それはそうなんだが」
「――頼む」
 ヴァントは静かに、されど強い声で彼へと依頼する。
 ヒューイは少し悩むように眉を潜めて、ため息一つついてから、端末を展開した。
「……ここだ。あんまり無茶するなよ?」
「分かった。それと、そのおっさんの元に行った新しいサポートのマスター権限、俺に変更しておいてくれ」
「……え?」
「じゃぁ、頼んだぞ」
「いやおい、待てェ!?」
 背後から聞こえてきた悲鳴らしき物は無視して、ヴァントはさっとバーの扉を外へ向けて開いていた。




 ――ここか。
 情報にあった、チームルームの前。他の其れと見た目は変わらず、中の様子も分からない。
 自動ドアの前に立ち、開かないことを確認する。
「ふむ」
 力尽くで開ければいいか、と手を触れて左右にスライドさせて――あっさりと抵抗なく、開いてしまった。
 ――む?
 本来ならチームメンバー以外には開かない筈だが――何か、異常が発生しているとすべきか。
 ――何が起きている?
 疑問を考えながら、とりあえず扉を潜って――

 最初に立ちこめたのは、異臭。
 ガチャリ、ガタン、と普段なら物を落とした時しか聞こえてこないような音。
 音の在処に視線を飛ばし――そうして、気づいた。
 散乱する、グチャグチャになった、パーツ。もはや呻くことも止めた、小さなキャスト。
「――あーうぜぇ、根性見せろやおい。あー、久々の上玉がお預けかよ」
「おい、そろそろ破片集めろ。とっとと埋めに行くぞ、もう反応ねぇしくだらねぇ」
 其れを見下ろす十数人の男達と、そんな会話。
 ――――
 ヴァントは敢えて足音を立て、そちらへと近づいていく。カツカツと鳴り響く音に、そいつ等の動きが止まった。そうして、一斉に振り返ってくる。
「あ? 誰だよテメェ!」
「おいおい、何見てんだよ」
「おいリーダー、あいつ引き入れた奴か?」
 男達から口々に言葉が放たれる。既に何人もが、臨戦態勢に。
「俺は何もしてないぞ。おいお前、一体」
 その中にいた小太りの男――恐らくは、あれがバルニカ。
 ――まぁ。
 事ここに至っては、誰が誰だろうと関係ないが。
 ヴァントは静かにイクタチを引き抜いた。
 大気のフォトンが唸りをあげて、全てがイクタチへと集約し――
 どよめく奴らを、冷たく見据えて。
「――せいぜい無様にくたばれ、カス共」

 言葉と共に放った無造作な、オーバーエンドの横薙ぎが、倒れ伏すキャストを除いた『全て』を薙ぎ払った。



「おいラキ、ヒューイ! メディカルセンターに連絡して今すぐ来い!!」
 倒れるキャストに駆け寄りながら、通信相手に向けて咆哮。一時の猶予すらないのは、様子を見ても明らかだ。
「おい、しっかりしろ!」
 必死に声をかける。赤い装甲はひび割れ、その下にあるだろう視覚センサーが光る様子もない。
 ――ただ、まだ生きてる。
 フォトンがなんとか体内を巡っているのが分かる。自分の体内フォトンを分け与えてやりたいが、どうやっても機械部分に邪魔される。巡る部分に直でやれば別だろうが、その為に削いで問題ない機械部分があるのかすら分からない。
 揺さぶって良いのか、切れているコードはそのままで良いのか。
 キャストはフォトンの扱いは苦手だが頑丈な種族。だからこそ、他の種族と違って応急処置の方法が検討もつかない。
 故に。
「おい、サガ! キャストの応急処置の仕方今すぐ教えろ!!」
『……一体、何事だ』
「緊急事態だ、どうやったら腕とか繋ぎ直せる!?」
『なっ、馬鹿者! 素人が手を出すな、すぐにメディカルセンターに連れていけ!』
「既に連絡済みだ、くそっ」
『場所は――チーム区画だな。そこならすぐに向かえる。その間はムーンを使って何が何でも死なせるな』
 言われた通りムーンアトマイザーで気付けをするが、やはり反応がない。それでもチームルーム内にあるそれらをとにかくひたすらに与え続ける。
 それらも全て尽きた頃、担架と数名がチームルーム内へ足を踏み入れた。
「ヴァント!」
「遅い!!」
「あーもー、応援お願いします! 全種族負傷してます!」
 他のどうでも良い奴らの応急手当をされ始める間に、サガが来てくれた。彼の指示の下どうにか最低限の応急処置をする。
 そうして負傷者全員が担架で運ばれて、状況確認と事情聴取をそのまま行って。
 帰り際に、ようやくヴァントは気づいた。
 ひしゃげた、赤い右腕。
 それが握っている短杖に、赤い血がこびりついていたことに。



「――ヴァント、今回はお疲れだ。ありがとう、おかげで助かった」
「……あのキャストは、どうなった?」
 アークスシップでの始まりとなった、バー。
 半日ほど経過するよりも早く、同じ二人で酒を飲み交わす姿は、中々に滑稽とも言えるだろうか。
「命は取り留めたから、安心しろ――お前に切られた奴らの方が大変だったらしいしな」
「ゴミどもがどうなろうが知ったことじゃないな――あいつは一体何だったんだ? あの連中の誰かのサポートかと思ったが、どうにもそういった様子ではなかったが」
「……あいつもサポートパートナーだが、あのチームメンバーのサポートではなかった。分かったのは、そこまでだ。それ以上はどうにもわからん」
「そうか」
 ヴァントは静かに、杯を煽った。
 其れ以上は不要。何となくの想像は付いている、が、其れ以上は必要ない。
「……助かるのなら、それでいい。世話になったな」
「……ああ」
 ヴァントは静かに礼を告げ、ナベリウスの森へと急ぐことに意識を切り替えた。



 夜遅くなった、バーを出て。
 薄暗い世界を、一人歩いて。誰もいない事を、確認してから。ヒューイはただ、天を仰いだ。
「ああ、気分が悪いな」
 事件は解決した。一人のサポートパートナー、リリィは無事に頼もしいマスターを得て、悪事を働いていたチームは解体、一人のサポートパートナーも一命は取り留めた。
 でも、
「スッキリしない」
 晴れやかさは程遠い。
 助かったキャストは患者だが、同時に容疑者として拘束中だ。
 おかしかったのだ。
 チームとして悪事を働いていたのに、チーム全体がそれを隠蔽していたのに、何故今回バレたか。
 サポートパートナーが一人逃げ出したから。彼女の願いを聞いて、ヴァントがチームへ訪問したからだ。
 では、それは偶然か。
 半分偶然で、半分偶然じゃない。
 ヴァントがわざと連絡なしで訪問したのは偶然だが、開けられたのは最初に細工をして開けたあのキャストがいたから。
 リリィが逃げ出せたのは偶然だが、逃げ出せる状況になったのは彼女を拘束していた男を殴り飛ばしたキャストがいたから。
 では、何故キャストはそんなことをしたのか。
「こんなものまで書いて」
 証拠として押収されたのは、遺書と書かれた文一つ。彼のマスターは――行方不明。
「そこまでしなければ、お前達は存在する価値がないなど……ふざけた話だ」
 誰にも聞こえぬ言葉をつぶやき、六芒の六は力無く頭を振った。



 ――追記後書き。
「知ってる? キャストはオラクルでは種族として考えられてるからリンチとか欠損とかR指定だけど我々の世界では機械がボコボコで済むんだよ? 酷い話だね、壊れたらおしまいなのにね★」
 嬉々としてこの展開プレゼントしてくれた方の発言としてどうなんでしょうかそれは。
 なお、今回のサポートキャストさん、ある程度今後の物語とも絡んでいる、かもしれません。
「箱も愛してる!」
 ……愛してるの!?( ・・)
「じゃなきゃ箱さんでないといけない見せ場作らない、用意しない、キャラとして作らない!」
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