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みんなのなかのあなた

“大好き、だよ――”
 其れは、いつかの伝えられなかった、後悔の――









 彼と初めて出会った筈の日、初めて交わした筈の言葉は、今もなおずっと覚えている。
 初めて目を覚ました時の光景は、真っ白な部屋と、知らない看護婦さん。
 訳が分からなくて怖くて、怯えながら、話を聞いた。
 アークス、とか、ナベリウス、とか。
 時々、聞き覚えのある単語は有ったけど、どれも良く知らなくて――
 だけど。
「――あ、こちらです。――――さん、ですね?」
「あぁ」
 看護婦さんにお願いして、助けてくれた男の人――どこかで、知っているような気がして――を呼んでもらった。
 少しして、来てくれた男の人。
 乱雑に切られた髪と、古樹の大剣――変わらない、旅人の服。

“また、会えた”

 ――!
 ずっと、知っている。何もわからない中で、彼が分かった。
 そうしてーー
「……――――……」
 彼の、名を呼んだ――どこかから、その名前が、こぼれ落ちた。
 ――ズキリ。
 どこか分からない箇所が、痛みを発した。
「え……名前、教えたんですか?」
「――いや」
「……頭の中で、聞こえてきた。私は、マトイ――」
 話しながら、すっ、と涙が一粒こぼれ落ちた。
 ――……どうして、だろ。
 初めて会った、人なのに。
「ねぇ、マトイちゃん? あなたは――」
 知らない女の人の声。
 たった一言なのに、自分に向けられたというだけですごく怖い。
「……う……あの……」
 蜃気楼みたいにぼんやりした世界が、揺らいで消えそうになって。
 明るい世界が、暗い世界に呑み込まれる気がして――
 だから。
 彼の後ろに、隠れてた。
「あ、えっと怖がらせようとしたんじゃないのよ――」
 知らない声。何も分からない。皆。
 でも、彼の側なら――ずっと、知っている気がする、彼の隣なら、とてもとても落ち着いていれる。
 本当の世界の色が見える。
 ーー側に、居れたら。
 彼の腕を、ぎゅっと握って。
 優しい温もりに、しがみついたまま、ただ、ずっと震えていた。

“――――”




 その日も、いつもと同じ――
 ダーカーを探して、殺して、また探して、殺す。
 皆の為、と言って、皆を守るんだ、という指令に従って戦うだけ――その筈だった。
 浮遊大陸の先端、生み落とされたダーカーの気配――
 そして。
「――ごめんなさい! 勘違いでした!」
 クラリッサの言葉に勘違いして無差別法撃をたたき込んでしまった人。
 乱雑に切られた髪と、古樹の大剣を持った、旅人みたいな青年――
「気にするな――クラリスクレイス」
「……え?」
 彼との、出会い。




 ――……んー……。
 ピピピ、と鳴り出した時計に手を伸ばす。必死に手を伸ばして、何とか止めて。
 瞬きを繰り返して、ようやく少し意識が戻るーー真っ白い、いつもと変わらない病室。
 ――……夢……?
 良く分からない、知らない光景。生まれてから時々感じる頭痛と一緒に、時々見ていた何か。
 ――……とりあえず、起きよう。
 体を起こして、寝間着からいつもの外行きの服に。
 そっとベットから抜け出して部屋を出て、狭いメディカルセンター内の廊下を進む。
 ここでの生活に慣れた人達から教わったこと、診察の時間と各部屋に食事が運ばれるまでの時間、点滴交換の時間、そしてその為に来る人を避けられるルートを着実に進んで。
 歩きだして五分と掛からず、自分しかいないメディカルセンターの一室から活気に溢れるゲート・エリアに。
 広いロビーに出れば、誰もマトイを気にかけない。
 いつもの定位置に、静かに立つ。
 みんな、気にしない。気付かない。
 でもそれで良い。
 頭が重くなる。でも、痛くはない。
 気にされないけど、攻撃もされない。
 そんな穏やかとは違う、ぼんやりした世界で。
 そこに光を灯す存在を、ただ待ってる。
‘あの日のように’




「…………んー……」
<――クラリスクレイス>
「……え、何?」
<注意力の低下を確認、警戒を解くべきではない>
「えっ?」
 不意にそんな言葉が投げられたのは、お気に入りの場所で彼と出会った数日後、ナベリウス・森林エリアに発生していたダーカーの大半を仕留めた直後の事だった。
 手にした杖――クラリッサからの声はどこか苦言を呈する其れに似ていた。
 ――あれ、ご機嫌斜め?
 経験上、こういう時の話は大体長くなる。手近な切り株を腰掛けながら、マトイはクラリッサに言葉を返した。
「私は普通だと思うんだけど」
<感覚速度、反応速度共に低下している。あなたの場合、三回以上呼びかけて反応しない時は疲労か注意散漫によるものだ>
「え、そんなに?」
 キラキラと輝くクラリッサの光が、若干不満そうに見える。軽く笑って誤魔化した。
「あはは、まぁ調子が悪い時だってあるよ」
 言いながら、アイテムパックから水筒を取り出す。簡易式なパックから抽出した紅茶入り。
<探査開始――身体面での異常、皆無。フォトン吸収量、フォトン活性化量、臓器機能、全て正常だ>
「んー、気分の問題、とか」
 コポコポと、コップに暖かい其れを注いで、静かに口付ける。たっぷりとミルクと砂糖は入れた、特製の物。
 ――あ、そういえば彼って紅茶派か、珈琲派かどっちだろ――
<ならば心理面。推測するに、先日会ったあの男性アークスのことを考えていたのか?>
「ッ!?」
<無言の肯定と判断する>
 クラリッサの声に思わず紅茶を吹き出す。思い切り噎せた。
「ケホッ、ケホッ」
<それならば納得がいく。恋愛は落ちる、盲目になる、など注意が対象のみに集中し、他に対して散漫な状態に――>
「ク、ラリッサ、いきなり何言うのよ?!」
<推測だ>
 悪びれもせず、さらっと言い放つ杖。
 ギロリと睨んでも、涼しい様子のままだ。
「いや、私と彼はまだそんな」
<確認。まだ、ということはやはりあなたは――>
「あーもーうるっさーい!」
 揚げ足を取る自分の武器に叫んで、それから、静かにため息をついた。
「……はぁ」
 ――今頃、あの人何をしてるのかな。
 空を見上げながら、青年の事を静かに想う――




 ――……?
 何を見たんだろう――何を、思ったんだろう。
 分からなくて、マトイはただ、首を傾げた。
 今、何を考えたのか――思考した瞬間に、頭痛。
 頭の奥から感じる痛みが、全てを押しつぶす気がした。
 押さえ込んで、宥める。光も音もただの刺激、いつもと同じ。
 だから大丈夫、と頭と自分に言い聞かせる。時々、本当に時々、我慢できない時だけ唇を噛んだり指に爪を立てたりする。
 そうすると、頭の代わりにそこが痛みを背負ってくれるから。一番大事な頭の為に、口や指に痛みを肩代わりしてもらえるから。

‘みんなの為に’




 ――……こんな事、思うようになっちゃった、か。
 皆のために。
 皆が危ない目に会わないように。
 私は、六芒均衡だから。私が全部守らないと。
 そうやって、誰とも関わらないようにしていたのに。
 彼と出会って、今までに幾度か、共に旅をして。
 幾つも抱えてた、誰とも関わらない為の言葉の盾は、いつのまにか無くなってた。
 ――もう、彼と会えればそれでいいやって思ってる。
 皆が危険な目に遭わない事、その為に自分がずっと戦い続けること――に、意味を見いだせない。
 皆の為に、自分が頑張らなきゃ。
 皆を守る、だから自分一人で苦しまなきゃ。
 皆が笑う、その陰で自分は一人苦しんでも戦う。
 皆が、皆が――
 だけど。
 その皆が、助けてくれた事なんて、一回も無かった。
 こんな力を持ってて、誰かを助けても怖がられて、逃げられて――あの時の顔は、ずっと忘れられないままで。
 誰とも関われなかったこんな私と、恐れることも、怖がることもなく、普通に話して、手を繋いでもくれた人。
 ――彼とまた、ゆっくりと話せたら。
 彼となら、普通に生きて、普通に恋をしてーーううん、今のこの気持ちが、好き、なのかもだけど――ずっと一緒にいたいと願い続けてしまう。
 彼と二人でなら、どんなに苦しくたって、乗り越えていける気がしてる。
 彼と二人で、ずっと生きていけたら――
 ――それで、さ。そのうち、その、子ども、とか――
<クラリスクレイス。三時の方向に――心拍数の急激な上昇と脈拍の乱れを確認。原因の追究を――>
「うーるーさーい――ッ!!」
 頭の芯まで茹で上がったのを自覚しながら、思い切り叫んでいた。
「もういいさっさと片づけるよ! 早く早く!」
<……三時方向、巨大な虫系ダーカーの存在を探知した>
「分かった!」
 クラリッサを手に、指示された方角へと走り出しながら、少女は心の奥で呟いた。
 ――今度はいつ、会えるかな――


 そして、暗転。
 彼と一緒に、マトイは走った。クラリッサを呼んだ。
 彼と別れて、クラリスクレイスは走った。クラリッサを手放した。
 そして――。
 ――そして?


 ――……?
 周囲の雑踏の音。堅い床、背もたれ。
 ――……ゲート、エリア?
 静かに、周りを見回す。様々な背丈、種族が行き交い、その中でマトイは一人。
 首を傾げ、思わずクラリッサを見下ろす。何故か手に馴染む杖だが当然喋る訳もなく、ただそこにある。
 ぼんやりとしていた思考のまま周囲を再び見回しても、状況が理解できるはずもなく。
「――マトイ、どうした?」
「ぁ……うぅん、何でもないよ」
 隣に立った彼の声でようやく、マトイは現実へと帰還できた。
 そして、思い出す。
 ――……あれから、もう一年なんだ。
 彼と出会った頃の事を思い出して、マトイは一人、くすりと笑った。
 いつの間にか彼を待つ場所になってた、ゲートエリアの片隅。
 彼を待つ間、殆どの日々を過ごした、いつもの所。
 龍族が多数住まう洞窟や、惑星の地下にある特殊な施設や、空に浮かぶ島。彼の口から聴いた幾つもの知らない世界を教えて貰った、大切な場所。
 彼と同じアークスになった今でも、マトイはこの場所に居ることが好きだった。皆が思い思いに生きて、キラキラと輝いているのが分かるこの場所が。
 ――でも、その中でも、彼だけ。
 キラキラと輝いてる人達の中にいる、彼と、私。
 たったそれだけ。特別でも何でもない二つ。
 そんな彼と寄り添える事が、何よりも嬉しくて。
「どうした?」
「ううん、何でもないの!」
 不思議そうに首を傾げた彼に、マトイはただただ微笑んだ。
「そうか、それなら良かったが――無理はするなよ」
「うん、私は――」

“私は、大丈夫――”

 ズキリ、と。
 どこか分からない何かが、痛んで。
「大丈夫! 私だって頑張れるよ!」
 それでも、彼には笑って見せた。

“私は、一人だから”

 酷く、どこかに響いた痛みを、胸の内に押し殺したまま。




「――オォォォッ!!」
 ナベリウスの森に生まれた、百を優に越える、ダーカーの群れ。
 逃げ出したとしても非難される謂われはない、もはや軍隊にも似た集団へ向けて、彼は一人突撃していく。
 最も死に近い場所に居るのに、日常の延長でしかないと言わんばかりに平然と刃を振るっている。
 そんな彼に、背後から術による援護。其れが、今回の指示だった。
 だけど、どうにも身が入らない――彼が、援護が必要のない程に大暴れしているから良いとしても。
 ナベリウスの森に入って、一日以上は経過しているにも関わらず、未だに集中ができてない。
 ――ううう……。
 原因は、先の痛み――前兆もない、突発的な頭痛。
 アークスになってから、初めて起きたそれが、こんなに思考をかき乱すなんて思ってもいなかった。
 彼に助けて貰って、初めて出会った時から、何回かあったけれど。
 だけど、ここ最近は――シオンさんと、会ってから――クラリッサを、手にしてからは、殆どなかったのに。
 ――そういえば、彼の声も、時々聞こえた気がする。
 本当に、そうなのかは分からないけど。
 頭痛の中から聞こえて来るのは、自分の声と――彼の、声。
 どうして聞こえたのか、その原因が何なのか、今になっても分からない。何も、知らない。
 彼もきっと、何も知らない筈だ。

 だけど。
 ――私は、きっと――
 彼を、知っていた。
 初めて出会った時に、彼の名前を呼んだのだから。
 本当かどうかも分からない、夢の中で見たのかもしれない姿だけれど。
 私は、彼を、知っていた――


<ギィシャァァァァ!!>
 ――ッ!!
「よし、片づいたか。マトイ、次だ」
「あ、はーい!」
 彼に呼ばれて、慌てて返事をする――くるくると回転した思考を表に出さないよう、必死に。
 彼は少し首を傾げたが、其れ以上の追求はなかった。刃を背中に仕舞い、
「この辺りは片づいた。次は――いや、待て!」
「え?」
 彼の叫び――其れが意味することに、気づけなかった。
「下がれッ!」
 言下、腕を掴まれ――思い切り後ろに投げ飛ばされた。
 慌てて空中で姿勢を整え、必死に着地――
 ズドン、と轟音と共に、地表が揺れた。
 今まで話していた場所に降ってきた、巨大な大男。否、人型の鮫。
 ウォルガーダ、其れも酷く大型。鍬形のような浸食核がついた、最も強化されている個体。
 そこまでが機械的に思い出された所で、気付いた。
 その鮫の目が、はっきりとマトイを向いてーー空を、跳んでいた。
 ――あ――
 反射的に飛び退いて――それでも、間に合わないのは分かりきっていた。
 ドン、と。
 記憶にあるかぎり初めての衝撃と一緒に、意識が消えて――

「――マトイッ!!」
‘――マトイッ!!’

 どこかから聞こえた声が。
 彼の音に、重なった。





「あ、れ……? ――――、どうし、て、私の……名、前……それに、クラリッサ、も……? それじゃぁ、こっち、は……?」
 痛い。痛い。苦しい。辛い。
 彼が、二人。いつもの服を着て、必死の形相をしている彼と、もう一人――悲しそうな顔をした、闇のような色の服を着た彼。
 駆けつけてきてくれた彼が、傷に手をかざした――フォトンが、流れ込んでくるのがわかる。
 其れが、焼け石に水という事も。
「はは……なあんだ……わたし、ばかだなぁ……こんな、手に、騙されちゃうなんて……!」
「――マトイ。回復に専念しておけ」
《――ここで死ねば、安らかなる終焉を迎えられる――ゆっくりと、眠れ》
 其の声は、低く、淀んだように聞こえたけれど。
 其の姿も、闇に染まり、仮面で隠れたけれど。
 でも。
 ――彼が、私を……。
 暖かいフォトンが、遠い。光が、遠い。
 偽者でも、彼女にとってはあの瞬間助けてくれたのは、間違いなく彼で。
 皆を守る為に二代目クラリスクレイスとして作られて、皆を守りたいクラリッサの想いに従って。
 彼と出会ってから、それが揺らいでいたそんな時に。
 守っていた皆に剣を向けられて、どうしようもなくて、殺すことまで考える位追いつめられて。
 そんなに苦しんでるのに、敵だと言われて、皆を守る理由がわからなくなって。
 その中で、彼の姿を見たことで一気に引き戻された気がした。
 寂しい場所から、彼の隣へ。
 そこが自分の居場所だって、思って、それで。
 なのに、刺された。
 間に合った彼に、奈落へ突き飛ばされた。
 間に合わなかった彼は、落ちる自分を救えない。
「ううう、ああ、あぁぁぁぁッ!!」
 絶叫。
 痛みが胸から溢れ出て、壊れた街に響いた叫び。
 生まれた悲しみ、産まれる苦しみ、悲鳴と産声。
 熱くて寒くて、身体の感覚がどんどん消えていって。
 ――何、これ……!
 ギィン。と、冷たい金属音。直後に、慣れたフォトン――クラリッサの、其れ。
「――死ぬな。頼む……!」
 それでようやく、泣きそうな彼の声が耳に届いた。
 それだけでも、少し、心は落ち着いた。
「ねぇ、あの、女の子は……?」
「――無事だ」
「そっか、よかった……ぐぅ、うぅぅぅ!」
 鈍痛、激痛。体の内側から、細胞の一つ一つを殺されているみたいな痛み。
 苦痛、激痛。ずっと砕いて埋めていたはずの想いが、殻を破るように出てくる。
 ――どうして……私ばっかり。
《邪魔をするな。彼女は、ここで死ぬべきだ。死ぬべき、なんだ》
 DFが、呟く声が聞こえる。酷く、憔悴したように、弱い其れ。
 そんなDFを見る彼の目は、冷たく歪んでいた。
《彼女は、ここで終わるのが一番の幸せなんだ――眠らせて、やってくれ》
「――黙れ」
 彼が跳ぶ。DFを滅ぼしに――私を傷つけた、存在を消すために。
 其れは、きっと、私の為に。

 だけど――

「ぐっ……う、うぅ……っ!」
 ――どうして、私ばっかり。
 イタイ。イタイ。イタイ。
 苦シイ。ツライ。コワレル。ナニカ。
「喰らって、きた、ダーカーの、力が、あふれて、止まらない。抑えが、きかない……ッ!」
 ――皆を守りたかった。でも、私だって、普通に生きたかったのに。
 戦い続けてきた、何もかも全部。其の身で喰らった存在、全て。
 心と、体の傷から、どんどんどんどん。
 心が、体が、暗い、重い、冷たく。
 全部、マトイ、が、失くなる――
「……あぁ。これはもう、だめだね。どうしようも、ない、や」
 ――もう、無理だ。
 これ以上、耐えられない。
 耐えるには、自分は汚れすぎた。
「クラリッサ――ねぇ、クラリッサ。ねぇ、手伝って――あなたにならわかるでしょ? このままじゃ、わたしが、わたしじゃなくなっちゃうって」
 傍らの杖へ――今まで、ずっと共にいてくれた、大切な相棒へ。
 近くて遠い所で、彼が戦ってる。私を、守るために。
 ――でも、ごめん、ね。
 これはきっと、ワガママだ。
 でも、ケジメだ。
「わたしは、ダーカーを滅ぼす為の存在――皆を、守るために、ここにいる、だから――」
 クラリッサが空に舞う。併せて、マトイ自身の肉体も空へと浮かび上がる。
 クラリッサが一つ輝き――持ち手の先端が、フォトンで作られた槍と化す。

「わたしが、ダーカーになっちゃうのなら。わたしは、わたしを――消去、する」

 それが、自分だから。今までずっと貫いてきた自分の、存在理由だから。
 例え疑問を持っても、貫き通さないといけないから。
 穂先が、腹部――傷口へ向けられる。
 溢れ出すダーカー因子の、其の全てが生まれ落ちる箇所へ。
 続いていた鍔鳴り音が止み、彼が、DFが、私を見上げる。
 彼の顔が驚きに――そして、怒りに。
 DFの様子――力無く、うなだれて。
「何を、している! 何を――」
 彼の叫び声。其れを聞くだけで、決心が揺らぐ。
 ――耐えれるはずがないんだ。
 ずっとクラリッサに従って、皆を知ろうとせずに、独りのままなら耐えれたけれど。
 彼に出会って、世界に興味を持ってしまった自分が、耐えれちゃいけない。
 ほんの少し前までの自分はきっと、とても綺麗で――ダーカーよりもおかしなバケモノだったんだ。
「でも、あぁ、でも、残念だな。ほんっと、残念だなぁ」
 呟く――心のままに。思うままに。
「もっと、あなたに色々教えてもらいたかった。いろんな話、聞いてみたかった」
 私が、わたしで居られる間に。
 ――あなたに、言葉を伝えられる、間に。
「おしとやかに、かわいらしく、そんなのも、やってみたかった」
 そうすれば、彼の隣で、平和に過ごせたかも知れないから。
 ――……あはは、やっぱり、だ。
「あぁ、やっぱりだ。知らないこと、やりたいこと、いっぱいあったんだなぁ、わたし……」
 終わる時になって、初めて知った――初めて見えた『わたし』の想い。
 ――遅すぎる、けど。
 知れて、良かった。
 本当が、わかったから。私の気持ちが、やっとわかったから。
「ねぇ、――――……わたし、『みんな』なんて良く分からないもの、守れなくてもいいから――」
 ちゃんと、終わらせるから。
 だから、もう――。
 もう、皆とか、私には、どうでも良くて。
 皆、なんか、より、ずっと、ずっと――

「――あなたのとなりで、あの場所で。ふつうの女の子に、なってみたかった、なぁ」

 そうして、笑う――彼に。
 側に、側に――ずっと。一緒に居たい人。
『みんな』なんかより、世界なんかより、ずっと、ずっと、大切な人に――

「大好きだよ、――――」

 告白、した。
 生まれて初めての、大切な――
 ――ザクリ。
 されど。其れ全てを引き裂いて、腹部にクラリッサが、突き刺さる。
 ダーカーを滅ぼす為の、断罪の一槍――


 ――痛、い。
 体内を、抉られる。
 激痛が、全部を喰らう。
 存在する意識が、遠くなる。
 心が、冷えていく。
 全てが、なくなる。
 ――……ァ――
 蜃気楼のようなこの世界が、意識から揺らいで消えて――



「――マトイーッ!」


 聞こえた。
 彼の、声。
 それが、
 ――や。
 最後の意地も、
 ――……だ。
 使命も、
 ――!
 プライドも――

 ――嫌、ぁ……!

 全部、砕いた。


 ――嫌。嫌、嫌!

 意識が揺らぐ。
 存在したい。
 生きていたい。

 ――死にたくない。

 側に、側に――ずっと。一緒に。
 どこにも、行かないで。ずっと、二人で。
 ――二人で、ずっと――
 彼と一緒に生きて、下らないことで笑い合って。
 私が、間違っていたら止めてもらって、正しい時は隣で頷いてくれて。
 ――大、好き、な――
 ずっと一緒で、ずっと側で。
 彼と二人で、体、重ねて。彼を愛して、愛されて。
 彼の声を、彼の音を聴いて――

“――マトイーッ!”

 声――彼の。
 誰よりも大好きな、彼の。
 何よりも大切な――




“――――と、ずっと、一緒に――”




「――あ、れ」
 そうして、目が覚めた。
 パチパチ、と小枝が爆ぜる音。
 薄暗い空と、鳥の鳴き声――森の夜。
 胸の痛みと――どこかの、痛み。
 ――どうしたん、だっけ。
 思い出せない。ウォルガーダの突撃をまともに受けて、それから――
「起きたか」
 反射的に、身体を、起こす。辺りを見回す。
 焚き火の側。背中を丸くして、枯れ木を炎に投げ入れている、青年――彼の、姿。
「大丈夫か、マトイ――」
 声。
 聞きたかった、何よりも、聞きたかった、彼の――
「――――!」
 気づいたら、叫んでいた。想いのままに、抱きついていた。
 溢れ出す涙を拭うこともできないまま。
 それでも、離れたくないと、強く、強く。
「……マトイ?」
「ごめ、ん……でも、この、ままが、いい」
“あなたの、となりで――”
「……今、離れたく、ない……」
 嫌われるかも知れない。
 嫌がられるかも知れない。
 だけど、そんな何より――
「……側に、居て、欲しい……!」
 ――あなたに、側に、居て、欲しい――
 彼は、ただ何かを言うこともなく――強く、強く抱きしめてくれた。
 落ち着かせるようにーー壊れ物に触るみたいに、そっと優しく、抱きしめてくれた――



“大好きだよ、――――”
 抱きついた、想いのどこか。
 また、分からない箇所が少し痛んで。
「ありがとう、――――」
 心は、とても、暖かかった――



 ――あとがき。
 マトイ主軸の物語「みんなのなかのあなた」読了ありがとうございました。
 初めは、実は今まで一度も描けていないヴァントが主軸の物語で考えていたのですが――歌を聴くほどに、「あぁこれはマトイの物語だ」と繋がってしまって。
 発表されてから聞き続けて、完成したのがGW手前です。コレほど高速に仕上げられたのも久しぶりな気がします。言うほど早くもないですけどね。
 過去作である「Fighter」の物語も若干影響していますが、基本は今作限りの物語。彼、の名前は読まれた方が思い思いに想像してくださったら幸いです。
 それでは、またいつかの物語で。

 使用曲:Bump of chicken「コロニー」
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